昨日とうって代わって良い天気でした。庭には約束通り曼珠沙華がつぼんで、茎を持上げようとしています。芝にはシロバナの曼珠沙華が頭をもたげておりました。午後、山内博さんが来てくださり、PCの整備をしてくださいました。感謝感謝です。「俳句」10月号の俳壇ヘッドラインに小諸の写真が出ております。ごらん下さい。
日別アーカイブ: 2012年9月24日
花鳥諷詠ドリル ‐主宰の句評‐ 第32回 (平成17年7月8日 席題 川床・金魚)
今日は全体的に理屈っぽい句が多かったですね。理屈っぽいというより、こう言わんとしてますから、誤解のなきように。というメッセージが入っている句がありました。それは、損ですね。俳句の時はね。句が自由に楽しめなくなる。メッセージ性はどうしても入ります。それを消す技術をお磨きになる必要があります。今日、ふるわなかった方は胸に手を当ててみると、「あ、なるほど。言わんとすることを、読者に誤解するなよと、ひと味付けてしまったな。」ということがあって、それを悉く採らぬ親切をさせていただきました。
下塗りのペンキ白々梅雨長し下塗りのペンキですから、その後でまた上塗りをするようなことでしょう。具体的にどうということはわからないんですが…。その白々としたペンキをみるにつけ、「どうも今年の梅雨は長いなあ。」と思ってをるということですね。理屈を言ってしまえば、梅雨に入る時の風を「黒南風」、梅雨が終わる時の風を「白南風」。「はえ」は南風。漁師ことばです。沖縄に行くと、南風のことを、「ぱえのかじ」。沖縄と共通していることばというのは、すごく古いことばだということがわかります。本土方言と琉球方言は日本の二大方言。琉球方言に残っているというのは、古い。白と黒の対比が梅雨にあるということを、どこかで印象にあると、「梅雨長し」に「ペンキ白々」というのは、なるほど、そんな気分があるなあと。理屈ではなく、気分。
とりあへずサラダボウルに金魚入れこれ、いい句ですね。そのままお作りになったんでしょうけれど、この句の面白さは、状況がよくわかりますね。自分で金魚を買おうと思って、出掛けていったら、こんなことにはならない。当然、金魚鉢も一緒に買うとか。偶然、誰か訪ねてきた人とか、家族の子供が、金魚買っちゃった。と言って、やってきて、そんな狭いビニール袋に入れていたら、かわいそうだから、ともかくこっちに入れてあげなさい。と言って、台所からサラダボウルを持ってきて、金魚を入れた。さ、鉢は後から考えよう。ということで、誰か思わず持って来た人 がいて、それに対応しているというのが、よくわかる。そこまで作者は言うつもりはなかったかもしれないけれど、これは先ほど、冒頭に言った、メッセージ性はないんだけれども、突然に金魚を持ってきた人がいるということが、わかりますね。面白いと思いますね。
涼しさや鶯張りを磨きあげ鶯張りはあちこちにありますね。二条城は有名かもしれないけれど。たしか日光の東照宮にもありましたね。あるいは禅寺、大徳寺などにもありますね。もともとはお武家さんとか高貴な人に刺客が来ないように、鶯張りにしたというんだけれど、お武家さんの刃傷沙汰の時代の建物を、何百年も磨きあげている。今はそんなことのない平和な時代なんだけれども、相変わらず磨きあげてあるという、時代の流れがよく見えてきて、面白いと思いました。
頬を寄せ合うて二つの実梅かな頬を寄せ合っているような実梅が二つあったということなんだけれど、「頬を寄せ合うて実梅の二つかな」とした方が、まわりが見えていないで、そこだけ二つぱっと見える。「二つの実梅かな」とすると、説明くささが出てしまう。じゃ、三つなら、四つならどうするんだとなってしまう。「実梅」ってむずかしい季題で、「実梅」と「青梅」と同じように歳時記で、説明してしまったんだけれど、あれは書き換えないといけないと、最近は思っています。「実梅」はやや黄熟しかけた梅を、実梅とすべきだと、今年気がつきました。だから、この句もそういうふうに、解釈させてもらいたいと思います。
川風を足裏に受けて床涼みいい句ですね。ストッキングを脱いでしまったのか、普段足の裏に風を当てないけれど、なるほど貴船辺りの川床に行って、ぶらっと足を垂らすと、足裏に風がきます。そんなくつろいだ感じがよく出ていると思いましたね。
「夏潮 第零句集シリーズ 第2巻 Vol.1」三田たから『一月七日』~透明感~<インタビュー追加>
「夏潮 第零句集シリーズ 第2巻 Vol.1」三田たから『一月七日』~透明感~
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今月から「夏潮第零句集シリーズ」は第2巻に入った。
三田たからさんは昭和四十八年東京都生まれ。句集のタイトルの『一月七日』はご自身の誕生日から名づけられた模様。
慶応義塾志木高校の国語の授業でもと本井英と出会いそのまま師事。慶應義塾大学俳句研究会では長年にわたり後輩を指導、俳句だけでなくその後の酒席の嗜み方などを指導されてきた。
俳句はその風貌から想像できないくらい繊細かつ、衒いのない無理をさせない言葉づかいで句をまとめられている。俳句を通じて評価される/されないということとは無縁の、実に透明感のある句群であり、俳句を人生の一嗜み、楽しみとして付合われていることが良く分かる。
題材は、石の湯ロッジが舞台である句に固まっているが、100句の範囲でもありそれほど気にならなかった。今後第一句集へ向けて、いろいろな場面の俳句を見せて頂きたい。
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木道を白く残して花野かな たから
→季題は「花野」。高原の夏は短く既に風は秋の気配が漂っている。そして、草花も色つきだしている。その中で木道の表面が白かったというのが面白い。実際に白いということもあるが、作者に城に見せさせた何かがあるのではないか。心象的な景も詠まれているようで面白かった。
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尻見せてツムリを見せてトマト浮く たから
→季題は「トマト」。たからさんは、老舗料理屋の家に生まれたこともあり、料理の名人であるが意外なほど百句のうちに食べ物をテーマとした句が少なかった。
この句はトマトの様子を丁寧に写生している。トマトには水気が多いので、水に浮くときもプカプカと浮かぶ。そして水に入れる時の力具合であるものは上向きに、あるものは下向きに浮かんでいる。それを「尻」、「ツムリ」と捉えた。いかにも健康そうなトマトの様子が目に浮かぶ一句。
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戻りくる人口々に萩のこと
春うららみんな中国語に聞こゆ
ハンモック天を指したる足の指
赤とんぼ風に尻向け止まりけり
風呂吹きや味噌の手柄と申さばや
竜胆の固く黙して色濃ゆし
弁当に名札のありし避暑の宿
雪上車片傾ぎして谷降りる
踏面の小さき石段落ち椿
あれほどの蛍眠りて沢の朝
幾百のマーガレットの波打てり
(杉原 祐之記)
以下、9月23日インタビューを追記します。
Q:100句の内、ご自分にとって渾身の一句
→七草の何やらまとひ粥柱
Q:100句まとめた後、次のステージへ向けての意気込み。
→100句を100回まとめて1万句とする。
Q:100句まとめた感想を一句で。
→ これよりは俳人となる月を見る
以上


