主宰近詠(2021年7月)

指垂るる       本井 英

ハーフマイル・ビーチと呼ばれ桜貝

足裏に砂こそばゆき桜貝

散骨は切なる願ひ桜貝

桜貝フラを習つてみやうかしら

桜貝祖父祖母の待つ日影茶屋



虚子の忌の市ヶ谷あたり朝の風

採血の針ちくとあり惜春忌

うすべりを剝がせば板子桜蘂

垢離堂の格子ごしなる春の闇

惜春の丘辺に甘藷先生碑



胸突きの行人坂を風光る

おもむろに起きる細浮子沼ぬるむ

長閑けしや浮子の沈むをただ待ちて

風車小屋模してチューリップも楽し

青鷺の踵揚ぐれば指垂るる



前触れもなく仔猫ゐし帰宅かな

仔猫なほおぼつかなさの後ろ脚

妻をはや母と心得仔猫かな

谷せまくなれば鶯さらに近し

万華鏡なしてうかびて菱浮葉

主宰近詠(2021年6月号)

蟇の闇    本井英

雨二夜ありてふたたび蟇の声

和する声あらざるままに蟇の闇

水中へとけてゆく闇蟇の声

蟇鳴くやたゆめる折りのありながら

闇徐々とうすれゆく刻蟇つぶやく



不揃ひの薪をくべ足し春煖炉

待ち合はせすつぽかされて春煖炉

さきがけのその一輪ぞ二輪草

ぽちりぽちりと梅の実にちがひなく

降りけぶり尾上の花の真白にぞ



女子旅の春雨傘のさんざめき

春の雨つつみ鎌倉権五郎

雨脚の見えはじめたる杉菜かな

おのづから組める後ろ手名草の芽

羅生門かづらの仔細朝の日に



人に会へぬ日々を重ぬる落椿

これの木を今年の花見とぞ仰ぐ

花韮も名草まじりに柵のうち

林立といふほどに増え貝母なる

わらわらと咲きつらなるは花通草

主宰近詠(2021年5月号)

青き踏む      本井 英

鵜の黒の春水潜りゆく迅さ

温みきし水を愉しと鯉の鰭

春浅しSECOMと貼りて薬師堂

路地を抜け路地に入れば梅早し

日の底に天道虫の色うるむ



耕してあるよポットも置いてある

干し若布気さくに頒けてくれにけり

初花とも返り花とも雪柳

紅梅や小腰をすこし矯めて咲く



     

小諸城 三句

穴城に降りけぶりたり木の芽雨 春寒の黒門橋や門は失せ 四海浪売店も春寒に閉づ



見ゆるかぎり全開したり犬ふぐり

下萌のはじまつてをり山羊つなぎ

丘は鳴り海は響動もし三千風忌

梅林を歩すほどに膝ほぐれゆく



梅ケ枝の影が眼白の胸元に

白梅に伸べる眼白の頸みどり

梅ケ枝の影を離るる鳥の影

老けてゆく妻このもしや青き踏む

主宰近詠(2021年4月号)

胴を輪切りに 本井 英

恵方とて島影ゆるぎなかりけり

柳箸二膳は淋しからざるや

ことしより二病息災寝正月

土間隅は凍つてをりぬ嫁が君

灯して仏間ゆゆしや嫁が君



癪に障ることのかず〳〵嫁が君

ひくひくと鼻が可愛いや嫁が君

人日や胴を輪切りに診る検査

寒垢離へ裸電球たどりゆく

寒垢離の欅のやうな胴まはり



寒垢離の行著ひつたり貼りつける

寒垢離や一口(ヒトフリ)焠ぐ志

寒垢離を済ませそれぞれ闇に消ゆ

峰寺のにぎはふとなく初薬師

祈ぎごとはもとよりひとつ初薬師



ヘリが吊るぐるぐる巻きの凍死体

凍死救ひし大犬の物語

乗り換へし膝に日射しや梅探る

老いぬれば指がぎしぎし梅探る

探梅の自分土産の柚餅子かな

主宰近詠(2021年3月号)

姫沙羅まじり  本井英

お醬油に潤目鰯の脂浮く

船火事の船首煙の外にあり

船火事の煙浪間をただよへる

火事の火が裏山にとりつきにけり

のめり込むやうに潜きてホシハジロ



眠る山の胎へ飛びこみわが車窓

枯れ枯れて姫沙羅まじり沼ほとり

日の当たる丘の暮らしや蒲団干し

草枯に切り幣の散らかれるかな

子等喚声落葉溜りの深ければ



雁木出はづれて河風横なぐり

手の窪に油へ放つまでの牡蠣

わが生に牡蠣船楽しかりし夜も

蒲公英のロゼットはやも落葉中

寒禽のこぼるる仰ぎ渓の径



渓径や笹鳴まじり啄く音

登りつめれば逆光の冬紅葉

鐘低う吊りある紅葉明りかな

ワイン色なしたる落葉溜りある

凪空の青へ突きあげ花アロエ