主宰近詠(2022年1月号)

遺愛の庭 本井 英

青々とつやつやと新松子なる

新松子にそだつ緑の雨雫



川端龍子旧邸 四句

大森はむかし郊外椎の秋 その画家の遺愛の庭の木守柿 木瓜の実のいびつも画家の愛しけん 上品に浅きなぐりや縁の秋





この庭の「木曽路」が好きや秋はさらに

姫沙羅の木肌あかるし小鳥らに

山雀はすこし濁声可愛らし

境内にキッチンカーや柿の寺



咲きつぎて茶の花は褒められもせず

野良道に小さき乗 越(ノッコシ)草の花<

谷戸池へ風呼んでいる荻の指

長旅の疲れをいやす浮寝とも

お行儀に大根の株まだ幼な



峠閉づる大きなゲート草紅葉

草紅葉峠の茶屋は疾うに閉ぢ

実千両色づく前の変な色

をみならに触れられてをり蘇鉄の実

女郎蜘蛛君臨したり雨の空

主宰近詠(2021年12月号)

月への道      本井 英

根治してこれよりの日々山の秋

退屈を愉しみに来し出湯の秋

出湯の秋建てこむ中の薬師堂

絵馬に描く「め」の鏡文字堂の秋

鯉岩魚仕入れて活かし出湯の秋



下山バス出ればにはかに秋冷ゆる

蜘蛛の囲の勲章然と蟬の翅

柳蘭の果ての白髪も潰えんと

混群といふことばあり小鳥来る

風欲しとアサギマダラは高く高く



身の丈を隠しかねをり穴惑

秋草に躙るともなき蛇の胴

蕎麦畑の白の違ひの五六枚

風澄めば花蕎麦の白さらに澄み

ここにまた神饌の山葵田かしこみて



山葵田の流れの果てに鱒池を

雑魚ほつほつ羽田の老に秋楽し

航路とて少し深みや鯊さぐる

木犀の香に濃淡や風通ふ

 

悼 深見けん二氏

後ろ影月への道を辿らるる

主宰近詠(2021年11月号)

やあと握手を    本井 英

黒揚羽臭木咲くよと踏み入れば

落花生の黄花に風のゆきわたり

コンビニの裏山の蜩の声

瞑りてをれば蜩さらに寄す

信長の首塚といふ蜩に



咲きつらね高砂百合の名を得たる

半夏生の実とよつぶつぶ熟れ下がり

楢枯の背景の秋空ふかし

楢枯をかなしかなしと蜩は

飛ぶ羽の色油蟬みんみん蟬



稲の穂のかしぎそむるを風わたる

秋水のたち騒ぎあり渡渉点

秋川を黒部五郎の見送れる

秋川の海への旅のいま始まる

秋水に貼りつくやうに映る峰



紫のその明るさに紫菀かな

紫菀咲けば「やあ」と握手をしたきかな

小諸想ふ庭に紫菀を咲かせては

訃報ひとつ紫菀の庭に届きたる

雲映すあたり白さよ秋の潮

主宰近詠(2021年10月号)

大蛇行        本井 英

夏草を鎧ひひとやま残土とよ

梅雨空に年余回らぬ観覧車

小鷺可愛や黄の足袋も涼しげに

けやけき名競ひ鬼百合熊 蜂

梅雨が明けましたと紙垂も揺れはづみ



天空の畑とこそ呼べ蕎麦の花

吹きあげてきて花蕎麦にあそぶ風

咲かんずるあやめの槍の紺の濃き

ほたる往来漆黒に樹のかたち

蛍火の急降下とてありにけり



峠越えて男三人瀧を見に

瀧水の解き放たれて微塵なす

瀧筋やはみだしものも諸共に

瀧筋のきゆつとくびれるあたりかな

瀧壺の瀧水癒えてゆくごとし



沸きて澄み沸きて澄みては岩魚沢

枝沢を降りくる人や岩魚川

夏草をむしり喰ふ音牛若し

蜥蜴捉へんとくちなは大蛇行

四万の湯は師もこのまれし夜の秋

主宰近詠(2021年9月号)

淡からずや  本井 英

日がもどりくれば沸きたち河鹿どち

豆隠すやうに皀莢若葉かな

いつ轢かれたる蝙蝠ぞからびはて

氷室へと浅間の風のよぢれこみ

駐車場に月見草咲くオーベルジュ



溶 岩(ラヴァ)組んでなせし門柱月見草

朝顔市ぬけてじりじり日が昇る

菖蒲田に衰ひのうちひろごれる

十薬の腰の高さに迫るほど

植田はや取るほどもなき小草生ひ



老鶯の連ね科白の果てもなや

(コウゾ)の実淡からずやとうち眺め

射干のその明るさも雨後のもの

つぼむ術忘れて蓮の花弁白

薔薇園にグラジオラスのまぎれ咲き



心おちつく薔薇の黄の淡ければ

きちかうの開きて白を濃うしたり

溶岩原 (ラヴァハラ)を吞み込んでゆく茂かな

 

大磯鴫立庵 虎供養

ここに我等虎の供養を虎ケ雨 木下闇放水銃も設へし