主宰近詠(2021年10月号)

大蛇行        本井 英

夏草を鎧ひひとやま残土とよ

梅雨空に年余回らぬ観覧車

小鷺可愛や黄の足袋も涼しげに

けやけき名競ひ鬼百合熊 蜂

梅雨が明けましたと紙垂も揺れはづみ



天空の畑とこそ呼べ蕎麦の花

吹きあげてきて花蕎麦にあそぶ風

咲かんずるあやめの槍の紺の濃き

ほたる往来漆黒に樹のかたち

蛍火の急降下とてありにけり



峠越えて男三人瀧を見に

瀧水の解き放たれて微塵なす

瀧筋やはみだしものも諸共に

瀧筋のきゆつとくびれるあたりかな

瀧壺の瀧水癒えてゆくごとし



沸きて澄み沸きて澄みては岩魚沢

枝沢を降りくる人や岩魚川

夏草をむしり喰ふ音牛若し

蜥蜴捉へんとくちなは大蛇行

四万の湯は師もこのまれし夜の秋

主宰近詠(2021年9月号)

淡からずや  本井 英

日がもどりくれば沸きたち河鹿どち

豆隠すやうに皀莢若葉かな

いつ轢かれたる蝙蝠ぞからびはて

氷室へと浅間の風のよぢれこみ

駐車場に月見草咲くオーベルジュ



溶 岩(ラヴァ)組んでなせし門柱月見草

朝顔市ぬけてじりじり日が昇る

菖蒲田に衰ひのうちひろごれる

十薬の腰の高さに迫るほど

植田はや取るほどもなき小草生ひ



老鶯の連ね科白の果てもなや

(コウゾ)の実淡からずやとうち眺め

射干のその明るさも雨後のもの

つぼむ術忘れて蓮の花弁白

薔薇園にグラジオラスのまぎれ咲き



心おちつく薔薇の黄の淡ければ

きちかうの開きて白を濃うしたり

溶岩原 (ラヴァハラ)を吞み込んでゆく茂かな

 

大磯鴫立庵 虎供養

ここに我等虎の供養を虎ケ雨 木下闇放水銃も設へし

主宰近詠(2021年8月号)

鈴木療養所        本井 英

余花の牧百葉箱のやゝ低く

夕風のにはかに立てる余花の牧

忍冬咲きしばかりや紅はしり

まぬかれず窶れ黄ばみて忍冬

磯原を撫でゆく風に跣足かな



ちぬ釣は浪しづかさをぼやきけり

飽きてきしちぬ釣余所見ばかりして

追ひ風にヨツトあやふし前のめり

茅花きらきら此処には鈴木療養所

十薬の蕾このもし葉はさらに



うすら日にぱらりとこぼれ薔薇の雨

稲瀬川の碑あり浜大根満開

ぷくりぷくり浜大根も実をなせる

波乗には向かぬながらも卯浪寄す

卯浪寄すこゝに「大海老」ありしころ



雨音はさつきからあり栗の花

老鶯のあとをひきとり画眉鳥は

恋はいつも少し乱暴業平忌

沖空の黄昏れそめし穴子釣

鴫立庵

この庵や芭蕉巻葉もあらまほし

主宰近詠(2021年7月)

指垂るる       本井 英

ハーフマイル・ビーチと呼ばれ桜貝

足裏に砂こそばゆき桜貝

散骨は切なる願ひ桜貝

桜貝フラを習つてみやうかしら

桜貝祖父祖母の待つ日影茶屋



虚子の忌の市ヶ谷あたり朝の風

採血の針ちくとあり惜春忌

うすべりを剝がせば板子桜蘂

垢離堂の格子ごしなる春の闇

惜春の丘辺に甘藷先生碑



胸突きの行人坂を風光る

おもむろに起きる細浮子沼ぬるむ

長閑けしや浮子の沈むをただ待ちて

風車小屋模してチューリップも楽し

青鷺の踵揚ぐれば指垂るる



前触れもなく仔猫ゐし帰宅かな

仔猫なほおぼつかなさの後ろ脚

妻をはや母と心得仔猫かな

谷せまくなれば鶯さらに近し

万華鏡なしてうかびて菱浮葉

主宰近詠(2021年6月号)

蟇の闇    本井英

雨二夜ありてふたたび蟇の声

和する声あらざるままに蟇の闇

水中へとけてゆく闇蟇の声

蟇鳴くやたゆめる折りのありながら

闇徐々とうすれゆく刻蟇つぶやく



不揃ひの薪をくべ足し春煖炉

待ち合はせすつぽかされて春煖炉

さきがけのその一輪ぞ二輪草

ぽちりぽちりと梅の実にちがひなく

降りけぶり尾上の花の真白にぞ



女子旅の春雨傘のさんざめき

春の雨つつみ鎌倉権五郎

雨脚の見えはじめたる杉菜かな

おのづから組める後ろ手名草の芽

羅生門かづらの仔細朝の日に



人に会へぬ日々を重ぬる落椿

これの木を今年の花見とぞ仰ぐ

花韮も名草まじりに柵のうち

林立といふほどに増え貝母なる

わらわらと咲きつらなるは花通草