主宰近詠」カテゴリーアーカイブ

主宰近詠(2025年10月号)

岩魚の世界    本井 英

岩魚沢テンカラ釣りはせはしなや

引き緊むる糸に岩魚の怒り見ゆ

骨酒となり果てにける岩魚はも

大岩魚が蛇を引きずり込む話

岩魚淵へ提灯釣りの竿の先

へつり幾たびぞ岩魚に出会ふまで

左俣右俣岩魚日和なる

険悪なゴルジュ小暗し岩魚棲む

魚止めを越えて明るき岩魚沢

くねらする(シシ)のかたさよ大岩魚

薫風を棒とつつみて吹き流し


岩魚釣脛巾姿も隙の無き

岩魚釣に出たらし蒲団もぬけのから

ガードレール跨いで岩魚棲む沢へ

抗へる岩魚の鬼の形相を

岩魚釣りもどればロッジ朝餉時

ひら〳〵と小岩魚を釣り上げてけり

泣き尺と呼びて楽しき岩魚釣

ぼちぼちとアマゴ混じりに岩魚どち

これやこのヤマトイワナの面構へ

枝沢へ踏み込んで釣る岩魚かな

主宰近詠(2025年9月号)

姉涼し     本井 英

竹床机軋む爆笑するたびに

帆綱ひき絞れば涼しすぎる風

忘れ果てしことのあれこれ姉涼し

駒草やひろびろ続く主稜線

水槽にトマト浮かべて登山口

啜り上げながらトマトを(トウ)べけり

夕凪の水面皺めて泳ぐもの

栴檀の緑蔭にして明るさよ

炎天に浪の意匠の二天門

氷川丸を訪れてをる揚羽蝶
操舵室の神棚の紙垂涼しけれ

氷川丸涼し虚子ありき杞陽ありき

   小諸日盛俳句祭 七句
夏山に吸ひよせられて来し麓

山国や緑蔭あれば風通ふ

泉辺や映りをるとも知らず佇ち

虚子庵の縁の下なる蟻地獄

語り伝へて虚子庵の紫菀これ

虚子散歩道の片蔭とぎれく 

JRバスに抜かれて夏山路


満潮の平らかに充ち青田べり

主宰近詠(2025年8月号)

百合似合ふ人     本井 英

ここにまた棚田百選五月晴

亀の子の甲羅ぺらりとをりのけり

子亀可愛や五百円玉ほどな

畳まれて蕾の隙に花石榴

かいつぶり莕菜畳を割つて浮く

浮巣へと一直線に親もどる

ぬかるみにこぼれしばかりえごの花

草茂りわたり第三駐車場

沿線や色づく枇杷も目に楽し

富士塚のいただきに夏服の人


小綬鶏のにはかに近し草いきれ

老鶯の小刻みの絡繰仕掛

サングラス歌舞伎役者のはしくれで

清元の出稽古に行くサングラス

花菖蒲残り少なが程へだて

山梔子の萎みカフェラテ色なせる

金蛇や浮きて沈みて葉をわたる

よほど降りしや青蘆の腰くだけ

おひろひの夏木立より戻らるる

虎御前とは百合似合ふ人なるべし

主宰近詠(2025年7月号)

お海苔ぱりぱり     本井 英

山麓の風大切の飼屋かな

掃立の毛蚕くろぐろと可愛らし

掌に重さとてある蚕かな

鬱勃と村中(ムラナカ)にあり桑畑

亡き妻が植ゑけん薔薇なほ紅き

ねずみ取りなど売り黴の荒物屋

蘖のゆたの緑の銀杏かな

竿先をきゆんと引き込み鱚ならめ

鱚釣に穴子が釣れてひと騒ぎ

大鱚のうす桃色にくねるとき


船頭もときどき鱚の絲垂れて

散り溜まりつつ芍薬のなほ白し

散り尽くしたる芍薬を掃きもせず

龍鱗を這ふ青蔦の途なかば

薄暑また佳し旧邸の公開日

籐椅子をゆつたりと置く畳かな

熊蜂のぶら下がる零れては翔ぶ

おむすびのお海苔ぱりぱり雲は夏

軽暖や老いの膚へに心地よく

蘆端正に蒲は屈託なく茂り

主宰近詠(2025年6月号)

走れば速し   本井 英

ホルスタイン走れば速し草芳し

犬ふぐり腰高に咲くあたりかな

底砂に水馬の影の五ツ紋

栗鼠跳んで小枝の古巣揺るるかな

雉鳩のひんと翔び去り花埃

鎌倉や挙げて灌仏日和かな

ポリタンク甘茶の色の透けてをり

万太郎句碑や悪所の花の昼

今朝の佳きこと初燕見たること

真間寺や寺領こぞりて花を吹き
江戸までの水路ありきと草朧

杉菜長けすかんぽさらに長けまさり

牡丹のおむすびほどの蕾かな

花了へて貝母の裾辺黄ばみ果て

蕗原のふかぶかとしてきたりけり

畦塗機水の補給も肝要な

畦塗機指南美直(ヨシナオ)老やさし

宿木も若葉そなへてそれとあり

虚子庵の紫菀ぞ草若葉なせる

筍の踝ほどな膝ほどな