主宰近詠(2017年8月号)

池塘のやうや    本井英

母疾うに亡き母の日を姉弟

湾内の卯波を熨して豪華船

雲割つて高度下げれば卯波たつ

柿の花散らし流してけふの雨

賀茂祭楽(ガク)といふものなきままに




先駆けの乗尻六騎日焼けたる

鷺しらず葵祭の川なかに

新茶古茶新茶古茶なほ古茶の日も

古茶啜る音のながきを憎みけり

恭順の一身丸め根切虫




抛られて鯉口中へ根切虫

吾が断ちし根ツ切虫の天寿かな

葉はさらに風に応へて花楝

虫喰ひが池塘のやうや蕗広葉

干あがつてしまひさうなり莕菜咲き




佳きお庭にはクローバー品下り

すでに順路せばめそめたり萩若葉

春蟬の空蟬なるはかく小さく

夏潮が引けば甘藻は横たはり

夏潮の引きて貽貝の露はにぞ

主宰近詠(2017年7月号)

芭蕉林   本井 英

蕗原を雨が鞣して青の色

城垣のたるむあたりの花菫

あたたかや網を繕ふ右手に杼

花の雨焼き場に向かふバスも着き

亀鳴くや夜舟のありしころのこと




コンビニが出来しころより亀鳴かぬ

春の蠅翅ほつそりとをりにけり

画眉鳥の囀いよいよ華語めくよ

雨風に古巣の腰の抜けはじめ

ふりたてて短く勁く蜷の髯




つかの間を春潮に置き箱眼鏡

芭蕉林かな径出あひ水出あひ

芭蕉玉巻く肩ぽんと叩きたく

芭蕉林抜け黄菖蒲をはるかにす

雲雀落ちはじめて白つぽく見ゆる




落ちそめて雲雀大きくながれけり

村うらら五百余柱殉国碑

若蘆や手旗のやうに葉をかまへ

黄色から始まつてをり蛇苺

深川に行幸啓碑昭和の日

主宰近詠(2017年6月号)


沼いくつ    本井 英

くまぐまに雪ありながら春子かな

春水がレンズのやうに湧くところ

海の幸盛りたる笊も雛調度

犬筥の犬の器量に佳きわろき

雛調度なれば具足も可愛ゆらし




キスチョコのやうな蕾を木苺は

帰る鳥の眼下を過ぐる沼いくつ

ところどころぬかるんでゐる苗木市

七味屋の屋台も出たる苗木市

はくれんの弛むたちどころに(ホグ)




仏の座かたまり咲けばその色に

はこべらに(テノヒラ)かぶせやはらかし

一木を剪定したる枝の山

大寺の沙弥ののどかの受け応へ

卒業の日の「おはよう」を交はし合ひ




西行忌老ゆればさらに心なき

猫車(ネ コ)通す小板渡して水温む

蕗の花長けたりうすら汚れたり

置き去りの鍬にさらさら春の雨

雨を来る人々に焚く春煖炉

主宰近詠(2017年5月号)


ドトールまでは     本井 英

雨さらさら龍の玉には及ばざる

龍の玉描くに叶ふ岩絵具

小流れのよろこび走り芹へ跳ね

梅林に入りて消ゆる径かな

梅の枝くぐりて少しよろけたり




その刹那目白の背 に梅の影

梅林や送風塔も設へて

あちこちでチャイムサイレン梅の午

梅蕾つぶつぶあるを剪定す

剪定や他人の話をうはのそら




剪定やラジオの音をめいつぱい

春川のおなじ早さの出会ひをり

盆梅も金鍔もすき老いたりな

花少ななる盆梅もよろしけれ

春の風邪ドトールまでは出て来たる




水替へて根がうれしさうクロッカス

筑波嶺の青く低しよ梅の風

野梅とて咲き満ちあれば華やかに

日面に長けて川曲の仏の座

朝日より夕日がやさし梅の散る

主宰近詠(2017年4月号)


右横書き   本井 英

初富士へ金烏傾きそめんとす

双六の折れ目に駒のころげけり

迎春と右横書きを掲げたる

なまはげの今年雪無き道を来る

なまはげの帰りゆくとき小さかりし




坊ごとに今日のお届け凍豆腐

寒椿落ちて氷にころがれる

ゆつくりとぶつかることも寒の鯉

釣りよせて少し抗ひ寒の鯉

寒鯉のふかく湛へしインク色




川風にことさら寒しふくらはぎ

海猫とならべば華奢に都鳥

寒天に消防ホース吊るし干し

川涸れて取水ホースの横たはり

探梅に熊鈴もがな径細り




尉鶲枝つかむとき裳裾派手

大屋根の寒の乾きの蕪懸魚(カブラゲギヨ)

日脚伸ぶ聖夜の星がまだ窓に

列柱の南都銀行日脚伸ぶ

陽石に紙垂めぐらせばあたたかし