主宰近詠」カテゴリーアーカイブ

主宰近詠(2024年2月号)

忘れめや    本井 英
     

鴛鴦の夫置いて水面は砥の如し

瑠璃と仰ぎ玻璃と見下ろし雨氷かな

枯木山なる妻の墓母の墓

ビル影に入ればひいやり冬麗

錨泊の黒船のごと浮寝かな

曳波にいちいち応へ浮寝鳥        

コンビニの入口に売る大根かな

冬帝の遣はしめなるはたた神

冬帝の蹴散らし止まぬ波濤かな

葛襖ずたずたに枯れわたりたる

ほろほろと落葉だまりに尿そそぐ

沖風にアロエの花の震へ止まず

権五郎神社暫く日向ぼこ

息白く開園前の飼育員

猫砂を買ひ足すことも年用意

ヘリの飛ぶ低さも年の瀬のことと

数へ日の鴫立庵の昨日今日

銀杏落葉微塵にカレー粉のやうに

朴落葉八割ほどはうつ伏せに

忘れめや声失ひし今年のこと

主宰近詠(2024年1月号)

商人は継がず   本井 英

照葉いま水陽炎のとらへたる

穭田となりて家墓あからさま

今年はも夜風あたたかお酉さま

きらきらと黄やら赤やら熊手かな

商人(アキンド)は継がず老いけり酉の市

枯るる野の消えて車内の映りそめ

脚立から降りて見上げて松手入

松手入枝をゆすつて終りけり

掌の温みのこる瓢の実受けとりぬ

寺領なる幾百張りの女郎蜘蛛


柊の花を伝ひて雨雫

酔ひ醒めや真夜の時雨に虹かかり

なだらかに海へ傾き大根畑

風が出て漁に出ぬ日は大根引く

子が吐きしミルクの匂ひ冬暖か

地にちかく地を見下ろして茶の花は

冬薔薇に沿うてどりこの坂曲がる

防風の茎の赤さも冬に入る                                   

白といふ色の豊かさ桃吹けり

冬浪のかそけき日々の冬薔薇    

主宰近詠(2023年12月号)

隠さうべしや     本井 英

影躍るロールカーテン小鳥来る

河床の真闇をたどり鰻落つ

涯もなき旅路をかかへ鰻落つ

殺生の果ての旅路へ落鰻

戦没者墓苑の桜紅葉かな

お塔婆を書くも日課や万年青の実

ひそひそと叔父の用談万年青の実

併走の列車の灯り秋の暮

この雨に傾がざるなき紫菀かな

本店の「すや」の二 文字栗の秋


稻雀帳のやうに降りるとき

ここいらに国府とてあり草紅葉

好き漢なるよ「懸巣」と綽名され

女郎蜘蛛揺られながらも躙るなく

おとろひを隠さうべしや男郎花

浮かび飛ぶ蜂雀の吻見ゆるかな

虹の輪の大きく欠けてゐるあたり

朝虹や噴き出すやうに地より立ち

沖空のまたまツ黒や時雨れんと

穭びつしり足下より遥かまで

主宰近詠(2023年11月号)

よろづ華美には   本井 英

茶立虫学芸員を天職と

茶立虫日付変はつてをりにけり

二日月に幅といふものありにけり

二日月舐めたら溶けてしまひさう

ありながら潮に映らず二日月

街の秋まことしやかに巣箱掛け

秋雲の全体移り止まぬかな

月の道烏帽子岩へとさしわたり

気動車に二十パーミル犬子草

生返事ばかり枝豆喰ひながら
老人の日とて他人事ならずをり

駅チャイムは希望の轍秋の風

秋風につつまれ細き撞木かな

蚊の闇を閉じ込めてある円位堂

運河てふ小駅のありて秋の雨

(  野田 上花輪歴史館)    
(タチ)の秋よろづ華美には亘らざる

荻の穂の花火のやうにひらくとき

茶の実ごつごつ茶の蕾ぷちぷちす

川沿ひの屋並今宵も月佳けん

サップとて秋潮につつ立つ人等

主宰近詠(2023年10月号)

拳ほど  本井 英

世界中に炎天やわが頭上また

盆過ぎの波の高さに浜せまし

仲たがひの母娘扇とサングラス

浴びせくる言葉扇で払ひつつ

駅前は予備校ばかり町溽暑

閑散と小学校や盆も過ぎ

いぢめつこゐたころのこと法師蟬

夏雲の湧いてころげて拳ほど

とんぼうに厳然とある水面かな

小蛇渡るよかそけくも波をたて
移築せし上がり框に風涼し

藁葺の藁かはききり臭木咲き

大風ありけむ無患子の青が散り

険悪や入道雲の腰回り

雷蔵しどろんと黒き雲の腹

一疵なき芭蕉葉とうち仰ぐなり

芭蕉葉の触れ合ふ音に夜の更くる

もう大根蒔き了へしよと漁師どち

その漁師日焼の耳のよく動き

ときの来て月の桂子召されたり(  悼 岩本桂子さま)