主宰近詠(2017年10月号)

田はあをあを  本井 英

山畑に葉もの生りもの夏菊も

黒蝶の羽音聞こゆるかと見遣る

緑蔭へ小げら小声をこぼしては

野鯉釣るとよ緑蔭に小椅子置き

甥が来てくれてうれしきビール注ぐ




冷麦と青マジックで書いてある

冷麦にやさしき色の二 (スジ)

波乗りに良き波来ればたてつづけ

ここにまたフラ・スタジオや凌霄花

つきささるやうに翡翠対岸へ




海原が過ぎ去つてゆく昼寝かな

十薬の葉に錆色の行きわたり

沢瀉の白がちらちら田はあをあを

土用入わが健啖を恃みとし

夏の雨吸ひてやすらかアスファルト



   

こもろ・日盛俳句祭五句

香水や耳たぶうすく生まれつき 山かげのここの清水も諏訪の神 風わたりはじめし雨の青胡桃 青胡桃三個づつ二個づつもある 土砂降りにほとびはじめし蚯蚓かな

主宰近詠(2017年9月号)

自転車で 本井英

忍冬の蕾ぞ袋角に似たる

瀧道を出て夏雲に迎へらる

芍薬の蕾天窓ひらきけり

麦熟れて金といふ色したしめり

村潰えゆけば一面夏蕨




濁り鮒堅田夜話とてその昔

桟橋は板はづされて濁り鮒

夜が明けて見渡されたる出水かな

蟻地獄ごと手放せしわが家はも

緑蔭に放水銃のそれとなく




ぶつつりと胴を断たれて蛇乾く

市松に貼りて青芝雨が欲し

谷戸さらに深くあるらしほととぎす

ホスピスの夜の更けてゆくビールかな

稜線のにはかにひろし花あやめ




けふも降る閏五月の海の町

バスケットゴールが一基草茂る

虎の尾のおよそは同じ方へ尾を

屈託の極みの声を梅雨鴉

茅の輪くぐりて自転車で帰りゆく

主宰近詠(2017年8月号)

池塘のやうや    本井英

母疾うに亡き母の日を姉弟

湾内の卯波を熨して豪華船

雲割つて高度下げれば卯波たつ

柿の花散らし流してけふの雨

賀茂祭楽(ガク)といふものなきままに




先駆けの乗尻六騎日焼けたる

鷺しらず葵祭の川なかに

新茶古茶新茶古茶なほ古茶の日も

古茶啜る音のながきを憎みけり

恭順の一身丸め根切虫




抛られて鯉口中へ根切虫

吾が断ちし根ツ切虫の天寿かな

葉はさらに風に応へて花楝

虫喰ひが池塘のやうや蕗広葉

干あがつてしまひさうなり莕菜咲き




佳きお庭にはクローバー品下り

すでに順路せばめそめたり萩若葉

春蟬の空蟬なるはかく小さく

夏潮が引けば甘藻は横たはり

夏潮の引きて貽貝の露はにぞ

主宰近詠(2017年7月号)

芭蕉林   本井 英

蕗原を雨が鞣して青の色

城垣のたるむあたりの花菫

あたたかや網を繕ふ右手に杼

花の雨焼き場に向かふバスも着き

亀鳴くや夜舟のありしころのこと




コンビニが出来しころより亀鳴かぬ

春の蠅翅ほつそりとをりにけり

画眉鳥の囀いよいよ華語めくよ

雨風に古巣の腰の抜けはじめ

ふりたてて短く勁く蜷の髯




つかの間を春潮に置き箱眼鏡

芭蕉林かな径出あひ水出あひ

芭蕉玉巻く肩ぽんと叩きたく

芭蕉林抜け黄菖蒲をはるかにす

雲雀落ちはじめて白つぽく見ゆる




落ちそめて雲雀大きくながれけり

村うらら五百余柱殉国碑

若蘆や手旗のやうに葉をかまへ

黄色から始まつてをり蛇苺

深川に行幸啓碑昭和の日

主宰近詠(2017年6月号)


沼いくつ    本井 英

くまぐまに雪ありながら春子かな

春水がレンズのやうに湧くところ

海の幸盛りたる笊も雛調度

犬筥の犬の器量に佳きわろき

雛調度なれば具足も可愛ゆらし




キスチョコのやうな蕾を木苺は

帰る鳥の眼下を過ぐる沼いくつ

ところどころぬかるんでゐる苗木市

七味屋の屋台も出たる苗木市

はくれんの弛むたちどころに(ホグ)




仏の座かたまり咲けばその色に

はこべらに(テノヒラ)かぶせやはらかし

一木を剪定したる枝の山

大寺の沙弥ののどかの受け応へ

卒業の日の「おはよう」を交はし合ひ




西行忌老ゆればさらに心なき

猫車(ネ コ)通す小板渡して水温む

蕗の花長けたりうすら汚れたり

置き去りの鍬にさらさら春の雨

雨を来る人々に焚く春煖炉