夕菅に低く流れて湖の霧  山内裕子

 「夕菅」は「黄菅」とも呼ばれるユリ科の多年草。高原などに自生するが、いかにもロマンチックで夢見るような淡い黄色が印象的だ。たしか立原道造に「ゆうすげびと」という、いかにもナルシストが書いたような詩があった。さて一句は高原の夏の夕暮れであろう。あたかも「夕菅」がその名にふさわしく花開く時分。湖面にうっすらと漂い始めた「霧」が湖畔の野原へと流れはじめ、「夕菅」の黄色を隠しはじめたのである。一句の眼目は「低く流れて」のリアリズム。実際にそうだったのだと言ってしまえばそれまでだが、高原の「湖面」にうっすらと漂い始めた「霧」は、たとえば山の頂から勢いよく流れ下ってくる「山霧」とは趣を異にする。「山霧」に男性的な、あるいは野性的な勢いがあるとすれば、「湖の霧」には優しさ、あるいは女性的(この言い方は近年赦されなくなってきているが、あえて)な繊細さ、細やかさが感じられる。湖面に僅かばかり残る暮れ方の微光が夢のように眺められる。(本井 英)

半夏生花の組紐垂らしたり  児玉和子

 季題は「半夏生」。「半夏生の花」という季題があれば、それが一番。その頃になると緑の葉が、まるでペンキでも塗ったように白くなるので、俳人の目と心を引き付ける「半夏生」。われわれの目はついつい「葉」に集中してしまうが、よくよく観察すると、葉叢の頂きあたりに、まるで「組紐」のような、房状の花が、何かの「尾」のように立ち上がり、垂れ下がるのが見える。そして、葉の「白」がだんだんにその色合いを変化させるのに同調して、「花穂」の様子も変化してゆく。その様子を「組紐垂らしたり」とずばりと言い切ったところに、作者の「見届けたり」という喜びのメッセージが伝わってくる。ことに「たり」という断定の表現には、読者をも巻き込む「力」が漲っている。(本井 英)

海沿ひの海抜表示浜大根   飯田美恵子

 季題は「浜大根」。「大根」は冬の季題だが、「浜大根」については「冬」とすべきかどうか、疑問の残るところであるが、全く食しないというわけではない(ひどく辛いが、そこが体に良いという人もいる)ので、一応「冬」としておこう。一句の中心は「海抜表示」。およそ二メートルほどの標柱で、その地点の「海抜」が表示してある。昔からあったのかも知れないが、筆者が「気にして確認」をするようになったのは、あの東日本大震災以後である。それまで頭の中で勝手に想像していた「津波」をありありと実感してからというもの、我々日本人はトラウマのように「津波」を怖れるようになった。さらに「南海トラフ」での地震が、現実味を帯びて語られるようになると、真っ平らに「凪いでいる」海を見ても、心のどこかで「津波」を空想している。またこの「海抜表示」が町中にあるのであれば、それほどの恐怖心は持たないのかも知れないが、「海沿ひ」に、「一メートル」とか「二メートル」とか記して立っていたりすると、その「恐怖心」は例えようもない。

 作者は何気ない「海沿ひ」の景を写生なさっただけかもしれないが、読み手によっては大きく心を揺さぶられる人もあったであろう。俳句は時代時代によって、そして読み手によって、さまざまに味わわれるものであることが、この句で良く分かる。(本井 英)

北窓に一本桜絵のごとし   小山久米子

 季題は「桜」。「一本桜(ひともとざくら)」は、ぽつんと一本立っている櫻樹。「北窓」は「北側に向いた窓」の謂いには違いないが、俳人ならおそらく、「北窓塞ぐ」「北窓開く」という季題を連想し、この句の場合も、冬の間、風雪から暮らしを守るために、ずっと閉ざされていた「窓」を心に描くのが鑑賞の道筋であろう。そうなるとおそらく舞台は「北国」とか「山国」ではあるまいか、と空想が膨らんでくる。読者の中には「絵のごとし」の措辞に抵抗を覚える向きもあろう。「美しいもの」なら何でも「絵のごとし」と表現する常套手段が昔からあるからだ。しかし、この「絵のごとし」というのは、それとは違う。本当に展覧会かなにかで展示されている「絵」のようであった、というのである。光りの及ばない、やや暗目の部屋の「北窓」が、ちょうど額縁のように「横長」に切りとられていて、その画面の中の「野」には、南の方角から日をいっぱいに浴びた「一本桜」が翳りのない明るさで満開を誇っている。その明るさと、室内の薄暗さが見事なコントラストをなしている。さらに「北窓の」という言い回しもある中で、「北窓に」としたところも、一句の懐を広くしている。「に」としたことで、「一本桜」の後に、軽い「切れ」が生じていることに、気付いていただけるだろうか。その小さな「ポーズ」によって「絵のごとし」の意味も大きく拡がったのである。(本井 英)

暗渠より運河へ注ぐ水温む   塩川孝治

 季題は「水温む」。春になって、川や池の水がおのずから温んでくる状態である。「暗渠」は、本来川の流れであった場所に蔽いを掛けるようにして出来た地下水道。その上は道になっている場合が多い。「運河」は陸地を掘って造った水路。ただし、東京湾のように沖へ沖へ埋め立てて行くと、その間に取り残された水面が、結果として「運河」となる場合もある。 

 作者はそんな都会の風景の真っ直中で、「運河」へ「暗渠」の水が流れ込んでいる現場を見かけた。その、いかにも大都会にありそうな景色の中で、作者は「その水」を「温む」と見たのである。「いわゆる自然」など、一欠片も無い景色の中にも「四季の運行」を感じているわけだ。

 さらに空想を逞しくすれば、今でこそ大都会の「殺風景」なコンクリづくめの景色となってしまったこの辺りも、三百年、四百年前には山奥から丘に沿って流れ下った「春の水」が、ゆたに湛える「海」に流れ込んでいた場所であったかもしれない。作者の脳裏に、その景が浮かんだかどうかは別にして、眼前の「水」を「温む」と見た瞬間に、作者の魂は数百年前の「何か」を感じとっていたに違いない。(本井 英)