ここからは、六月末までの期間限定で、本誌で掲載しきれなかった掲載句の鑑賞をいたします。本誌から引き続きもう少しの間、お付き合いください。
対岸へひらひらひらと川の蛇 浅野幸枝
川を泳ぐ蛇はその流れを受けてやや不安定に進んでいます。それをひらひらと表現したところが面白く感じました。
ぬっと来てくねくねと去る庭の蛇 木下洋子
蛇との出会いはいつも突然です。あっと驚いて見てみれば、蛇も慌てて逃げて行きます。リズムのよい句と感じました。
墓横の穴より出でし蛇細し 根岸美紀子
蛇が掘った穴なのか、骨壺を入れるための穴なのか、そこから出てきた蛇が細かった。作者はあわれさを感じているようです。
刺叉に絡む大蛇の舌黒し 稲川健一
イラストで見る蛇の舌はたいてい赤色ですが、種類によっては黒い舌の蛇もいるようです。蛇を追い払うために刺叉を使ったのでしょうが、それに絡んだ蛇が口を開きました。とても印象的な句です。
嫌なのは蛇の地を這ふこの動き 江本由紀子
蛇が嫌いな人は同感でしょう。ねちっこいような、くねる動きがとても嫌、特に蛇嫌いではない私も共感します。
くちなはのいくつも巻きし山の道 草野鞠
群生している蛇、やや大きいのも小さいのもそれぞれとぐろを巻いてじっとしています。私もこのような風景を見たことがあるように思います。
蛇捕らふ隣りのママは男前 小池みち
面白い光景です。蛇には慣れている方なのでしょう、淡々と仕事を終えた感じを受けます。
鎌首をもたげ餌待つ蛇凛々し 渡辺深雪
背筋が伸びた感じ、確かに凛々しいですね。動物園の飼育蛇ですね。飼育員を待っています。
よろよろとくちなは藪へ逃げ込める 前北かおる
すばしこいイメージのある蛇ですが、手負いなのか、老いているのか、よろよろとゆっくりと逃げています。それを見ている作者の時間と哀れを感じる心持ちが見て取れます。
門潜る帽子のつばに蛇伝ふ 羽重田民江
声も出ない状況ですね。それを事実のみで表現しているところがとても面白いです。
太き梁に貼り付きしごとじつと蛇 牧野伴枝
古い家なのでしょう。蛇が身じろぐこともなくじっとしています。蛇はこちらを見ていません。
大蛇首に記念撮影タイの旅 清水満
余裕の表情なのか、気味が悪いと思っているような表情なのか、過去の旅のよい思い出の一枚です。あの頃はこんなだったと思い起こしているように思います。
洋洋と蛇洋洋と草の上 大貫松子
洋洋との表現が気持ちよいです。人間なんて関係ないもんね、と蛇が言っているようです。
蛇見しと両手大きく広げたる 梅岡礼子
「こんなに大きくってさ」、作者に語る人との関係の近さが見て取れます。
遊歩道横切る蛇の長さかな 塩川孝治
散歩中に見かけた蛇。思いのほか長いと感じました。素早い動きでは長さを感じることはありませんから、ゆっくりと動いているようです。
くちなはや乾びし衣も同じ枝に 柳沢晶子
見かけた蛇の皮かどうかはわかりませんが、作者はこの蛇の衣であると考えていると思います。その方がいいですね。
松ヶ枝に絡みし蛇の細かりき 原昇平
松の枝に器用に絡みうごめいている蛇。蛇の細さにフォーカスしているところがこの句の面白さと思います。
十字架の墓地の草むら蛇滑る 財前伸子
外人墓地でしょう、風景がはっきり見えますね。まさに滑るように蛇が自分の庭を動いています。十字架と蛇の取り合わせもよいですね。
蛇自在塀に添いつゝ音もなし 幕田かれん
作者の立ち位置は塀からやや離れたところ。蛇の移動する音が聞こえないほどの安全な距離感が見て取れます。
蛇長し墓地の迷路を熟知して 藤森荘吉
蛇にとってはわが庭の墓地、思いもつかないような道を蛇は進んでいます。迷路、でいろいろな墓が建っている様子も伺えます。
するすると全長見ゆる赤楝蛇 星のミラ
赤楝蛇は毒蛇で作者はそのことを知っているのでしょう。小さな音を立てて現れた蛇がさて向こうに行くのか、こちらに来るのか。どきどきする瞬間です。
向かふ岸へくちなは渡る迅さかな 武居玲子
蛇の泳ぎはとても達者です。そのスピードは存外早かった、そのことに感心しています。
蛇泳ぐみごと蛇行の形よく 木代爽丘
まさに「蛇行」で、なぜか美しさも感じて感心してしまいますね。左右同じ幅で体を動かしているところに美しさを感じました。
柿の木にうまくからみて青大将 清水マリ
うまく、とバクっと表現したところが面白いです。具体的に表現できませんが、うまく巻きついているな、と思うことありますね。
とぐろ巻く蛇や小諸の寺の道 河村雅子
お出迎えという感じで蛇がとぐろを巻いている蛇がいました。気持ちのよい出迎えではありませんが、これも旅先での思い出になりました。
山小屋に続く坂道青大将 深瀬啓舟
いかにも蛇や蜥蜴が姿を現しそうな山道で出会ったのは青大将。予想を超えた大きな蛇だったのでびっくりです。
古校舎の天井裏に蛇居ると 冨崎桃子
これを言ったのは地元の案内人でしょうか。いかにも蛇がいそうで、作者はすこしおののきながらその話を聞いています。
逆さ富士揺るる田水や蛇の首 武田きよみ
風もないので何かしらと思ったら蛇が水面から顔を出しました。逆さ富士が映る水田の風景が美しいですね。
豪族の土塁と伝へ屋敷蛇 前田なな
土塁に守られた古屋敷に蛇が現れました。豪族のいた昔からのこの蛇の一族は暮らして来たのでしょうか。蛇が現れたことによってより土塁に歴史を感じます。
舗装路に蛇いづこより来られしか 小沢藪柑子
来られしか、というやや敬意が感じられる表現が面白いですね。作者の蛇に対する優しい心持ちがみてとれます。
青大将われに気構へ見せし首 北村武子
蛇の首がこちらを向いています。もちろん作者と視線が合っています。さあやるのか、というような蛇の気構えを感じた緊迫の一瞬です。
恐る恐るつまみ上げたる蛇の皮 佐藤聡
皮が襲ってくることないのですが、何故かドキドキ。指先で恐る恐る触っている様子が見えるようです。
草叢に手負ひの蛇の潜りけり 小山久米子
ゆっくり草むらに隠れ行く蛇、よく見たら大きな傷がありました。猫と喧嘩でもしたのか、蛇に対する情が感じられます。
いつの間に我が庭で脱ぎ蛇の皮 木田明翠
蛇の脱皮をこの目で見ることはあまりありませんが、自分の家の庭で皮を脱いでいたとは。その日は戸締まりをしっかりされたことと思います。
蔵の蛇生酛造りを手伝ひぬ 久保北風子
猫の手も借りたい酒造りの時期、あいにく蛇には手がないので実際に手伝うことはなさそうです。しかしながら蔵人たちにとってはおいしい酒を作ってくれるありがたい存在の蛇なのでしょう。
千年の楠の洞に棲みつく蛇 大山みち子
楠は神木と思われます。蛇は代々この木に棲みついているのでしょう。大神神社のように蛇も祀られているかもしれません。
蛇みつけ歓声あげて俳人は 岡部健二
歓声はもちろん喜びの声。句の題材を見つけた喜び、これで一句二句なんて俳人は世間から見れば相当変わった人種かもしれません。楽しいです。
一文字に蛇のよこぎる森の径 井上基
縄かと思ったら蛇が径を横切っていました。「一文字」で蛇の長さがわかります。径に対して垂直な位置関係と想像しました。
木に登る蛇木に紛れ逃げおほせ 飯田美恵子
蛇は木登りもできるかなりの器用さを持っています。あらあらあらといっている間に蛇は木の幹、生い茂る葉に紛れてしまいました。
細波をものともせずに白き蛇 髙橋庸夫
ものともせず、ですから波に逆らうでもなく、合間を縫ってでもなくすいすいと泳いでいる様子が見て取れます。
蛇の目のかうかうとあるとぐろかな 永田泰三
蛇の目力を感じますね。ペットとは違って決して親しみのある視線ではありません。さらにとぐろを巻いているのですから、作者はかなりの恐ろしさを感じているようです。
くちなはに道を譲りて森の道 浦上ひづる
譲る、というよりは譲らざるを得ない状況を敢えて譲る、と言ったところが面白い句と思いました。驚いたことと思いますが、ほのぼのとした景になりました。
跨ぎ過ぎてより蛇だと聞かされし 喜多村純子
蛇を踏んでいたらどうしようとか、早く言ってよとか、いろいろ思うことが頭の中を駆け巡ったと思います。それを淡々と句にされたところが面白いです。
存外に蛇の眼の愛らしさ 原田淳子
真ん丸な目で黒めがちなので案外可愛らしい目と言えそうです。正面からだと目と目の間が離れているので愛嬌も感じます。実物ではなく、画像を見ればということでしょうけど。
昨夜の雨生垣に蛇衣を脱ぐ 近藤作子
雨上がりの朝、昨日なかった蛇の衣を見つけました。雨の中での脱皮だったのか、作者は蛇に対しての近しい感情を抱いています。
ぬぎ捨てし皮長々と蛇何処 磯貝三枝子
結構大きそうな蛇が脱いだ衣。近くにいるんじゃないかと身構える気持ちも見て取れます。
青大将濡れてゐるかに乾きをり 釜田眞吾
そういえば蛇を持ったことはないのですが、表面は鱗がてらてらしてあたかも濡れているように見えますね。
蛇出ます立札の道皆避けて 馬場絋二
蛇を実際に見たわけではないが、蛇の出る季節とわかります。いかにも蛇の出そうな鬱蒼とした茂みがある道が見えるようです。
堰堤を蛇は斜めに泳ぎ切り 坂廣子
小さくはない水面を蛇がすいすいと泳いでいます。さてどうなることかとじっと見ていたら、無事の対岸に泳ぎ着いたようです。よかったです。
蛇をると覗き込んだる藪の裾 児玉和子
一人ではない状況、安心感もありながら、恐る恐る藪をのぞき込みます。蛇を見ることができたかどうか、それは読者の想像に委ねられています。
わいわいと見つけし蛇を追いて子等 岡﨑裕子
子供たちは五六人はいそうです。逃げる蛇を追いかけて楽しそうな子供たち、数分後には蛇のことなど忘れて別の遊びに興じているのでしょう。
蛙ゐて蛇にでくはす谷戸田道 菅原恵美子
作者は蛙が出てびっくり、蛇が現れてさらにびっくり。出会ったのではなく、出くわしたのです。
蛇使ひ首に白へび巻きにけり 小川久仁子
外国の風景のように思います。上半身は裸の男が蛇を操って客に向けたり、いろいろなことをしながら、最後は自分の身体に巻きつけました。得意げな表情をしているのでしょう。
蛇うねる動き柔らか胴固く 櫻井耕一
蛇の胴体は結構筋肉質のように見えます。その割にはしなやかな動きで、その両方を描いています。
大袈裟に教へくれたる蛇出しと 原昌平
こんな大きな蛇で、と説明する相手にこちらは見ていないので大袈裟だなあと思いながら話を聞いている様子がおかしいですね。
藪中の蛇もこちらを窺へり 都築華
蛇を見つけたら、蛇もこちらを見て視線が合いました。お互い目を逸らすような形で別れたのでしょう。
前方はとぐろ巻く蛇細き道 橋本由美子
進まなければならない道。眼前には蛇が鎮座しています。石をぶつけて追い払うか、でも襲ってきたら怖いし。さあどうする。
ふり向けば蛇と目の合ふ間合いかな 大木由美子
かさと音がして振り返って見ればそこに蛇が。結構近くにいます。淡々とした調子の句ですが、シチュエーションは結構こわいですね。
嫌つても蛇の衣には価値ありて 北尾千草
ご婦人の装いには鰐や蛇や蜥蜴など生きている状態では決して触りもしない素材が使われていることがあります。ファッションは面白いものです。
句作して夜には蛇の夢をみし 永豪敏
うなされたのではないでしょうか。句作に相当の労力を尽くされたのだと思います。おかしみのある句ですね。
くちなはの美しき泳ぎや神の池 本間素子
神の使いとも言われる蛇ですが、神域の池を優雅に泳いでいる様子。きっと神の使いの蛇に違いありません。
石垣の途中に蛇のS字かな 松尾青柚
石垣をくねりながら器用に蛇がはいずっています。傾斜のある場所なので直線的ではなく、かなり身をよじりながら動いている様子が見て取れます。
蝮酒姑秘伝の傷薬 小林二日
蝮酒は強壮剤になるとのこと。お姑さんは傷薬としても使っているのですね。効能のほどはわかりませんが、効きそうな気がします。
谷戸小路蛇通せん坊通せん坊 木野内安紀子
谷に囲まれた細い道。もちろん舗装はされていません。進まなければならないのに道の先には蛇が。深刻な状況ですが、楽しんでいるような心持ちも見えますね。
脱ぎ捨てる衣軽ろきや青大将 森田ゆう子
青大将は結構大型なので小さからぬ蛇の衣かと思いますが、その脱ぎ捨てられた皮は軽そうだ。もしくは実際に触ってみて軽かったのでしょうか。興味があるところです。
飛び跳ねる蛙追いかけ蛇の道 藤井櫂楽
蛙はあまり機敏ではないようです。蛇は少しずつ間合いを詰めていきます。作者ははらはらしながら顛末を見届けようとしています。
猛犬と吾の足止まる道に蛇 山下添子
猛犬たるものがんばって戦ってほしいものですが、足が止まってしまったのですね。おかしみのある句です。
パロアルトガラガラ蛇に足竦む 友池仁暢
異国の蛇なのですね。尾で音を出して威嚇する、さらにも猛毒を持つ蛇といいますから、足は竦みますね。無事に蛇が去ってくれるとよいのですが。
黄金の砂に一筋蛇の跡 斎藤さるり
砂丘でしょうか、或いは砂漠かもしれません。風紋に一筋の跡、きっと蛇が通っていった跡に違いありません。
誌上でも申し上げましたが、大変楽しく皆さんの俳句を拝見いたしました。改めて感謝申し上げます。 川瀬しはす