雑詠(2019年8月号)

潟船へ月の歩板の高々と		藤永貴之
禁苑に残る御文庫終戦日
星月夜火星またゝくことをせず
月あかり舟は潟土に乗り上げて
女郎蜘蛛の夫や死ぬまで居候

お呉れよと言へぬ雀の子のあはれ	稲垣秀俊
加湿器のぼここぼぼこと春の夜		望月公美子
教会の扉のあいてゐるイースター		冨田いづみ
金鳳華清滝道といふを来て		山内裕子

雑詠(2019年7月号)

日盛のはちきれさうな機体かな      前北かおる
たなごころ絹糸草に触れにけり
花火見て戻るビジネスホテルかな
この島に虹の立つまでとどまらむか

賓(マレビト)の現れ野遊に出掛けたる   杉原祐之
仙人掌の雨の中にぞ置かれたる     藤野 澪
春寒や無人の路地に煙草の香      梅岡礼子
磴一歩下れば寒き川の風        山本道子

雑詠(2019年6月号)

春の風邪明るき場所で眠るなり		黒田冥柯
野火移るそろり〳〵と人もまた
恋猫の隅まで舐(ネブ)る餌の皿
芝焼くや白線のなき駐車場

骨正月金箔の酒酌みつくす		山内繭彦
赤志野に今朝のいちりん白椿		伊藤八千代
梅林の脇にタクシー休憩中		梅岡礼子
憲兵之碑に藪椿赤きこと		児玉和子

雑詠(2019年5月号)

穴ぐらのごとき入口霜の城			渡邉美保
底冷の廊下の奥に洗面所
漱石の旧居の縁に冬日浴ぶ
凍土に花の名札のたちならび

料亭の雑煮頂く女正月			岩本桂子
麦の芽やキハヨンナナのたらこ色			杉原祐之
寒灸に掌の汗ばんでをり			原 昇平
底冷の急階段を武具の間に			梅岡礼子

雑詠(2019年4月号)

ゆるやかに道曲がりゆく枯木立		山内裕子
庭園の外へも銀杏散り続く
被服廠跡の公園銀杏散る
排気塔の蒸気濛々冬の朝
草揺れて笹鳴少し遠ざかる
心中を聞かなくなりて近松忌		津田祥子
笹鳴のここにも聞こえ帰り道		玉井恵美子
ストーブにおでん鍋ある定食屋		田中 香
沼よぎる寒禽なにか言ひ残し		梅岡礼子