主宰近詠」カテゴリーアーカイブ

主宰近詠(2022年9月号)

につかにかの   本井 英

ぞわぞわと腰で歩みて毛虫たり

明易の合戦尾根をうち仰ぎ

麻酔より覚めゆく五体明易き

山法師を見下ろさんとて登るかな

向き合うて待つ踏切や梅雨の晴

あれは亀これは鼈梅雨晴間

一病をたづさへくぐる茅の輪かな

滑莧はぐり生産緑地たり

羽毛下(ハケシタ)の径のほとり代田かな

薫風を棒とつつみて吹き流し


玉網小さし蝶を捕らんや蝦を捕らんや

玄室に幾千年の五月闇

流れゆく蚯蚓の総身ほとびたる

につかにかの笑顔にかぶせ夏帽子

きちかうの蕾の闇の覗けけり

膝の蠅ちらりちらりと吾を見上げ

肘で葉を押しやりて蓮撮つてをり

蓮の花つぼむ力をなほ存し

無患子落花霰ほどには弾まざる

夏雲のころがりながら消え失せし

主宰近詠(2022年8月号)

草の底   本井 英

青鳩の旋回したり潮干岩

磯遊のお襁褓ほとびて垂るるかな

赤といふ色のかげろひ先帝祭

一望の卯浪お座敷列車より

橋薄暑脱ぎたるものを腰に巻き



深閑とグループホーム立葵

仰ぎつつ雲のまぶしき花楝

栴檀の花のほとりの登城道

遠ざかるほどに華やぎ花楝

宮若葉と背中合はせに寺若葉



剝ける葉の破けてしまひ柏餅

竹落葉に追ひぬかれたる竹落葉

また一つ繰り出して来し竹落葉

かなへびの背中葉蔭が揺れてゐる

かなへびのぽろりと堕ちし草の底

句碑にまじり墓碑も幾つか庵の梅雨



   湖北四句
井戸曲輪水櫓とて風薫る

河骨の黄をとらへたり双眼鏡

余呉駅が遠くに見ゆる牛蛙

霧雨ややさしき色に麦熟れて

主宰近詠(2022年7月号)

おへそが見えて   本井 英

牡丹の蕾緑を湛へそむ

高架線ホームにありて花の昼

鯉沈むとき花筏巻きこめる

クロネコのリヤカー便や雪柳

花曇ウエットスーツ干しつらね



寝ころんでゐる老人も磯あそび

葉牡丹の長じてつひひに咲けりけり

一身を煽りて海月ややすすむ

智恵貰玉虫色の紅さして

山繭や常念坊も姿消し



娘さんのおへそが見えて蝶の昼

八重桜雨にほとびて揺るるなく

すまり咲く山椒の黄の静かさよ

岩煙草あつかんべえと若葉垂れ

方丈に隣る典座の遅桜



茶を啜る音の大きく蓬餅

員数のととのひたりし蔦若葉

ボクシングジムの四隅の扇風機

山吹の蕚幾十散り残り

枝の蛇日のぬくとさに身じろがず

主宰近詠(2022年6月号)

野に咲けば   本井 英

春めくや釣堀からも人の声

初島も見ゆ梅の坂登りきり

薄埃かうむりながら蜷すすむ

八橋に屈めば蜷の道真下

蜷の道ひき返すことあるべしや



蜷の髭短きことも愛らしく

雨吸うて土たのもしや名草の芽

春眠へいま堕ちてゆく五体かな

春眠の甘さ瞼になほ残り

蔦の影たどれば蔦の芽の影も



浜へ川細り浜大根の花

野に咲けば野の明るさに福寿草

極楽洞とよ春の闇蟠り

巣作りの鴉や甘き声こぼし

蕾そろそろ二輪草畳なし



浜へ川細り浜大根の花

野に咲けば野の明るさに福寿草

極楽洞とよ春の闇蟠り

巣作りの鴉や甘き声こぼし

蕾そろそろ二輪草畳なし

主宰近詠(2022年5月号)

島定食    本井 英

ゆるゆると春立つメンデルスゾーン

春が来ましたと河面を上る浪

きつぱりと立春といふ言葉あり

紅梅の咲けばにはかに紅うすし

その後の敷島の道実朝忌



焼き玉の音へと春の丘下る

春の水よぢれほぐれて囁ける

蜷の道流れ横切るとき太し

蜷が身をゆするたび砂ながれけり

蜷に髭ありて見えたり見えなんだり



浜芝に襁褓換へをりあたたかし

歌枕いくつたづねて三千風忌

三千風忌修することも愉しさに

コンビニといふもののなく島の春

磯遊にはあやにくのけふの風



海坂の裏には春の島いくつ

春の日をあびて磯鵯男伊達

壺焼を副へて島定食となん

花アロエ鮑の殻を灰皿に

チューリップ寄せ植ゑにしてさらに愉し