主宰近詠」カテゴリーアーカイブ

主宰近詠(2023年1月号)

桃吹きぬ    本井 英

曳波のおもはずあふれ荻の岸

切幣の散らかつてゐる秋の暮

泥煙鯊がたてたり流れけり

鰯雲みしりみしりと目のつまり

愛宕社も伊勢社も柿の里の辻

撮り合つて見せ合つてゐる秋日和

更けつのる夜寒の舞台稽古かな

朝食は七時よりとよ小鳥来る

なほ吹かぬ実のありながら桃吹きぬ

棕櫚の実の育ちつつ黄のうすれつつ


ライトアップされて夜寒の天守閣

小鳥来て小鳥去りたり行啓碑

琴の音の止むときのなき菊花展

足元にホースのたうち菊花展

菊花展のテントの奥に何か煮る

こまごまと律義に実り男郎花

歩十歩に振り返りたり男郎花

通草生りをると男の声澄めり

暮の秋人少ななる巫女だまり

暮の秋安曇野ちひろ美術館

主宰近詠(2022年12月号)

清サンが好きで   本井 英

岬への径初月を見まくほり

富士薊参道にして登山道

掌の窪に転げ墜ちたる菜蟲かな

コスモスの数輪風をもてあまし

バス停やコスモス坂と命けたる

すでにして浮かび出てをり小望月

月の友竹馬なる筒井筒なる

百日紅根岸へ虚子が通ひし道

清サンが好きであつたと獺祭忌

菓子パンも刺身も好きで獺祭忌          


身ほとりに南岳画巻獺祭忌

とりとめし命大切獺祭忌

萩叢を遠ざけてをる雨襖

村々の蕎麦の遅速やみすずかる

姫川も海近ければ刈田など

熊鈴につぎつぎ抜かれ草紅葉

青鷺は頸のS字をさらに矯め

うすうすと埃の浮かび池の秋

ナラ枯の切株に生ふ菌派手

ふくらはぎぱきぱき曼珠沙華真つ赤

主宰近詠(2022年11月号)

つまべに       本井 英

主亡き被爆者手帳原爆忌

熊蟬の声のただある原爆忌

あつ星が流れたといふ電話の声

足湯もう温かくなし星流る

海  図(チヤート)室灯火ひとつ星流れ

木曽十一宿夜毎の星の流れけり

滴りてをりしがひしと連なりし

ポスターの小池ゆりこに滝の風

秋風へ木の香放ちて製材所

雄叫びの蟬ぢりぢりと焦げる蟬


青栗や片空は晴れわたりたる

裾ちかくちぎれ止まざる垂水かな

草刈機ときをりキンと弾く音

山はもう降つてをるべし花臭木

箱庭に置きたるやうに鮎を釣る

落花生の黄花がちらりちらり見え

目抜き通りや百日紅百日白

鐘楼のすんと鎮まり蟻地獄

町役場分室鳳仙花咲かせ

つまべにや母がゐし叔母たちがゐし

主宰近詠(2022年10月号)

影の黒   本井 英


猫扉しつらへてある網戸かな

網戸ごしの自動織機のけたたまし

水亭の廊のなぐりを足裏に

鼈の(オトナ)ひよれる泉殿

拍手の音の乾ける日の盛り

富士塚に登り賽するパナマ帽

菖蒲田にいたいたしくも咲き残り

大皿にいくつ西瓜のピラミッド

日照雨過ぎたり新松子あらひあげ

水着よく似合ふおでこのをんなのこ


おしろいや水道路(スイドウミチ)の謂れなど

蟬声の貼りついてゐる切り通し

藪からしと玉巻く葛と糾へる

黒蝶の黒瑠璃蝶の影の黒

流れゆく雲とは別に雲の峰

姥百合の咲くや吹聴するやうに

もう法師蟬がと独り言ちにける

倒木の根の乾らびゆく土用かな

無患子を屈み拾ふや膝そろへ

かく日焼しつつ傘寿を目指さんと

主宰近詠(2022年9月号)

につかにかの   本井 英

ぞわぞわと腰で歩みて毛虫たり

明易の合戦尾根をうち仰ぎ

麻酔より覚めゆく五体明易き

山法師を見下ろさんとて登るかな

向き合うて待つ踏切や梅雨の晴

あれは亀これは鼈梅雨晴間

一病をたづさへくぐる茅の輪かな

滑莧はぐり生産緑地たり

羽毛下(ハケシタ)の径のほとり代田かな

薫風を棒とつつみて吹き流し


玉網小さし蝶を捕らんや蝦を捕らんや

玄室に幾千年の五月闇

流れゆく蚯蚓の総身ほとびたる

につかにかの笑顔にかぶせ夏帽子

きちかうの蕾の闇の覗けけり

膝の蠅ちらりちらりと吾を見上げ

肘で葉を押しやりて蓮撮つてをり

蓮の花つぼむ力をなほ存し

無患子落花霰ほどには弾まざる

夏雲のころがりながら消え失せし