午前中は小山美直さんに連れられて、近くの、なんとか池の辺りを見学、午後は俳句会でした。小諸の方々も、寒いと仰るほどの寒さです。これから急いで帰って、明日は二月号の発送です。英
月別アーカイブ: 2013年1月
第4回黒潮賞・親潮賞「招待席」鑑賞 (杉原 祐之)
第4回黒潮賞・親潮賞「招待席」鑑賞 (杉原 祐之)
恒例の通り1月号に本井英主宰の選による「黒潮賞」「親潮賞」の結果が発表されました。山内裕子さんが「黒潮賞」を、前田ななさんが「親潮賞」を受賞されました。大変おめでとうございます。さすが俳句巧者の20句で楽しませていただきました。
さて、当HP用原稿として過去3回の黒潮賞受賞者に、第4回の両賞の感想について原稿をお願いしました。そうしたところ、ある方よりご自分たちが出句されている「招待席」について、一切の反応が無く寂しいという指摘を受けました。私に歴代受賞者の方の出句を評する資格はございませんが、勝手に6人の方の作品各5句より数句ずつ鑑賞させて頂きましょう。
・前北かおる「林檎と秋風」
前北さんは第一回黒潮賞受賞者。能天気とも思える明るい句柄と、前向きな俳句と、確かな写生の融合が独特の世界を形成しています。
透きとほる蜜の黄金や玉林檎 かおる
→季題は「林檎」。前北さんは食べ物の俳句を実に美味しそうに読む巧者ですが、この句も余すことなく最近の林檎の甘いとろとろの様子を描き出しました。黄金とまで言い切ったところが結構だと存じます。
梢より鳩を剥がして秋の風 かおる
→季題は「秋の風」。雰囲気のある句の様ですが、「秋風が鳩を剥がす」は面白がりすぎかと思います。
秋風と「剥がす」のミスマッチを狙われたのでしょうか。
・藤永貴之「忙中閑」
藤永さんは第二回黒潮賞受賞。福岡での「夏潮」の活動の中心を担って頂いています。静かな態度で季題に向かい、慎重に選ばれた言葉から紡ぎ出される俳句は、夏潮誌上でもつねに輝いております。
春雨の若草山をまのあたり 貴之
→季題は「春雨」。静かな光景です。余計なことを何も言わず眼前の景を淡々と描いた。それでいて余韻の深い俳句になっています。
藤永さんらしい静的かつ知的な視線で対象が描かれています。
風が撫で魚が掻き混ぜ水温む 貴之
→季題は「水温む」。春先の物事が動き出す雰囲気を伝えている句ですが、動詞が多すぎて狙いがはっきりしすぎてしまっているかもしれません。
悪いというわけではないのですが、もっと詠い方の可能性があると思いました。
・櫻井茂之「屋台より」
櫻井さんは第三回黒潮賞受賞者。鷹の渡りを詠んだ連作は印象的でした。今回は博多中洲名物の屋台を題材にされたようです。
あたため酒は月明かり酌むごとく 茂之
→季題は「温め酒」。上五の「あたため酒」というちょっと舌足らずな字余りが、中七下五に続くほのぼのとしたレトロチックな景に対して有効に働いていると思います。
注がれて昭和の色の温め酒 茂之
→同じく「温め酒」が題材です。中七の表現が全てでしょうが、読者に「分ってくれ」という感じが強く出すぎてしまっています。5句目ですので、お酒が過ぎてしまい少し甘くなられたのかもしれません。
・清水明朗「朝時雨」
清水さんは第一回親潮賞の受賞者。学校の校長先生をなさっていたという温かい人柄から滲み出る写生句は何時も楽しく拝見させて頂いております。
新聞の来ぬ日の無聊朝時雨 明朗
→季題は「朝時雨」。引退されて「毎日が週末」のお暮らしなのでしょうか。習慣となっている新聞が来ないある月曜日の朝、そうか今日は新聞休刊日かと思い空を見上げるとぱらぱらと時雨れてきたということです。普段と違う朝の時間の使い方を楽しんでいられる様子が分ります。
配達の娘に林檎持たせやり 明朗
→季題は「林檎」。「配達の娘」というのが、具体的にどういう情景なのかわかりませんでした。宅配便の係がお嬢さんだったということでしょうか。林檎を渡すくらいの関係ですから、非常に馴染みのある親戚の娘さんと言うことでしょうか。後者だとすると「配達」がしっくり来ないと思いました。
・児玉和子「秋祭」
第二回親潮賞受賞者です。数々の巻頭を飾るなど「夏潮」を代表する俳句巧者であります。また季題や表現について常にストイックに考えるその姿勢は大変勉強になります。
秋風の末社拝む女かな 和子
→季題は「秋風」。中七を「末社に拝む」ではなく、そこできっぱり切ったことで景が立ちました。写生の表現が練られた一句です。
ドキンちゃんのお面人気や秋祭 和子
→季題は「秋祭」。ドキンちゃんが悪いわけではないですが、和子さんの句ではないと思います。秋祭りのローカル感を表現されるに当り、ドキンちゃんに喰われてしまった感じがします。中七の表現も具象性を欠きます。
・田島照子「茅舎の坂」
田島さんは第三回親潮賞受賞者。キリスト教への信仰がその写生の奥から滲んで来ることがあります。今回は大田区池上に残る川端茅舎の旧居を訪うた際の句の連作となっているようです(http://otaku.edo-jidai.com/424.html)。
龍子邸出て茅舎居へ露の身を 照子
→季題は「露」。清冽な才能を持ちながら若くして亡くなった茅舎。「露」という言葉がピッたくる俳人です。お年を重ねられたわが身を重ね合わせ感慨に浸っているという句です。茅舎居は「青露庵」と呼ばれています。ゆっくりゆっくりと本門寺周辺の坂道を登られていったのでしょう。
とどまれる露一とつぶの静けさよ 照子
→同じく「露」。静かで良い句ですが季題の説明になっている危惧もあります。私のようなものではまだ分りませんでした。また、「一とつぶ」はかなの方が良かったと思います。ちょっと違和感がありました。
以上、6名30句から12句を鑑賞させて頂きました。全体としてはさすが結社賞を受賞されていることだけあい、高いレベルで安定しつつ、それぞれの目指す俳句を花鳥諷詠の本道から外れない範囲で表現されていると思いました。何れも奇を衒うことがないしっかりとした俳句ということでしょう。選考会で英主宰が述べられた「丁寧で誠実な写生」が大事であるということを30句から改めて理解することが出来ました。
また、蛇足ですが今回「紙幅の都合」で親潮賞・応募作の総評が割愛されたのは大変残念でした。編集側と調整して1ページも確保できないものだったのか、雑誌を読んでいて思いました。私のような落選常連者からすると、やはり主宰に一声掛けてもらうことが次回へのモチベーションに繋がるというものだと思います。
勿論、選句をしていただいているので、そこから自ら主宰の言葉を感じることも大切だと思います。何れにせよ自分でテーマを持って挑戦できるということは幸せなことです。落選者については何度でもそのような機会が与えられる、と前向きに解釈して今年も一年間精進して参りたいと存じます。
小諸に来ています。英
花鳥諷詠ドリル ‐主宰の句評‐ 第57回 (平成18年1月13日 席題 竜の玉・寒釣)
戯れに竜の玉なるイヤリング竜の玉を、もしかしたら初めて見た人かもしれません。人に教えられて、竜の玉の美しさにすっかり感動して、その二つ採ったのを耳にあてがって、戯れている。という女の人の緊張のない、楽しい女同士の戯れに、耳たぶの白さが浮かびますね。
アラビアンナイトのやうに月冴ゆる「月冴ゆる」が「冬の月」の傍題になります。冴え冴えとした月。しかもアラビアンナイトのようにと言われてみると、形まで想像できる。「月冴ゆる」だと満月でもあるんだけれど、アラビアンナイトのようにというと、三日月のような感じがするのが不思議ですね。
ままごとの皿に盛られし竜の玉よく出来ている句だと思います。「まゝ事の飯もおさいも土筆かな」の句があるから、その点異論があるかもしれないけれど、土筆の句として、勿論形になっていますね。
雲の影ふんわり映し山眠る山容の穏やかさが、自ずから目に浮かぶようで、いい句だなと思いました。
青海波のテーブルマットお元日「お元日」の置き方がうまいですね。青海波の模様は、古来いろいろ使われるんですが、どこかおめでたい、しかも茫洋たる海を感じさせます。模様一つずつは細かいんですが、全体になると広い感じがしますが、そんな淑気、お正月を迎えた気持ちがよく出ていると思います。
原三佳句集『赤と青』をクールに読む_(稲垣秀俊)
原三佳句集『赤と青』をクールに読む_(稲垣秀俊)
第零句集参加者には、本井主宰との縁で俳句を始められた方が多いが、原三佳さんは、職場の先輩であった原昌平さんの勧めで結社に入られている。
序文にて前北かおるさんが指摘されているように、本稿の中でまず人目を惹くのは家庭生活の句であり、生活者としての実感と健全さを読み取れる。
掃き寄せてまた木犀の香るかな
ついで煮のかぼちや一番人気かな
ポッケからどんぐり除けて濯ぎもの
家庭についての句の中でも、特にお子さんに関する句が出色であると思う。
一日で日焼けせし子の話し止まず
朝顔の赤は妹の青は僕の
ランドセル開けては閉めて入学子
以上の句が個人の家庭について詠まれたものであるにも拘わらず、他者の共感を得るのは、正確な描写があればこその事である。この描写力の基礎をなすのは、観察眼の公正さに違いない。
無私な観察は、比喩表現を用いるならば不可欠である。比喩は主観の問題であるけれども、対象の特徴を正確に捉えなければ決して力のある句にはなり得ないからである。故に次に挙げる句は、原さんの真摯な観察態度を裏付けるであろう。
磯ぎんちやく迷惑そうにすぼみたる
ゆつたりと奏づるごとくスキーヤー
以下は句毎に評を試みる。
天気図の大きく貼られ登山小屋
本来、天気図は登山者自身で描くものだが、知識のない人や、気象通報の時間までに小屋にたどり着けない人もよくいるのであろう。遭難などされては山小屋もたまらないので、サービスとして天気図を出しているわけである。「大きく貼る」という表現の可否については議論がありそうだが、わざわざ大判の天気図を用意するほどであるから、富士山や表銀座などの人気コースであると考えられる。そうすると、登山小屋の賑わいや、天気図の前で進退を議論するパーティーの姿も自然と見えてくる。
日傘派もサングラス派も交差点
日傘を好む人が、全体として落ち着いたファッションを志向する一方で、サングラスを好む人は活発さを滲ませるファッションを目指す。ゆえに日傘派、サングラス派は自然に峻別されるのだが、大都市の交差点では両者が交錯し、あるいは並び立つことも間々あり、作者はそこに面白さを発見したのである。「○○派」という思い切った表現の手柄である。



