主宰近詠」カテゴリーアーカイブ

主宰近詠(2024年11月号)

学習田   本井 英

片陰へすりよつてゆく歩みかな

片陰の幅ひろければ一寸うれし

ひとかけらの午睡木蔭のテラス席

見学の列のかたはら三尺寝

蛭蓆みつしり敷いて学習田

青柿に学生寮はなほ()さず

鉄塔の碍子きらきら秋暑し

蒼然と給水塔や秋暑し

狗尾草の撫でてをるなり力石

螢草萎むや急に雲暗く


人の秋けふの句会に顔見えず

息長く吹く秋風や森の径

風は秋窶すにあらず窶れ歩す

母校なる秋の蚊に待ち設けられ

藷の葉やマルチシートは盛り上がり

老の目に今年の曼珠沙華淡し

爽涼の山小屋風のチャペルにて

落し水遅れてをりぬ学習田

学習田言ひ訳ほどに稔りたり

五つまで仰ぎ数へて通草の実

主宰近詠(2024年10月号)

立子なつかし   本井 英

その伯母の墓参で出会ふばかりなる

バラストを棲処とさだめゑのこ草  

碑に飽いて秋の暑さの百花園

行き当たるけうげん塚や秋暑し

案の如く垂るる蛇瓜百花園

台風の自転車ほどの速度てふ

落命する人かならずや台風来

野に潜む獣らに台風来るぞ

台風を綽名で呼ぶは馴染めざる

なんとなく立子なつかし男郎花


寡黙なることをよろしと男郎花

蜉蝣のただやう高さ瀬を早み

蜉蝣の骸降り積み山の橋

千草分けゆく向かう臑こそばゆき

いきどほり千草を歩して静めけり

踏切の鐘もかろらか秋めける

渓底に一径のあり秋めける

衣被長女がやつてきて茹でし

衣被頭をちよんと刎ねてある

しらびその森霧雫とめどなや

主宰近詠(2024年9月号)

恢復期      本井 英

海開了へたる雨の海面かな

海の家「利休」とはまた古風な名

揃へ置くビーチサンダル浜砂に

高砂百合咲いて浜へと砂の道

突然に地響きめきて朝の蟬

熊蟬は押しつけがましからざるや

凌霄花紅の一塊咲きくらみ

凌霄の吹き上げてゐる遠き色

月見草溶岩(ラヴァ)で区画の別荘地

平らかに開ききつたり白芙蓉


めぐりきて(アシタ)の芙蓉酔芙蓉 

萱草の蕾みつんつん明日明後日

萱草の蕾人肌色呈す

萱草の蕾の角も色深み

萱草の同じ高さに競ひ咲き

癇癪玉めくよ百日紅の蕾

見届けて碧緑濃ゆき金鈴子

七月の朝日金鈴子の肩に

青鷺のつつぱつてゐる膝小僧

暑中見舞読み返しては恢復期

主宰近詠(2024年8月号)

参じ得ず   本井 英

雷間近にはかに何か裂ける音

病棟の夕餉の西瓜賽の目に

眠れぬは小事ながらも明易し

病棟の北窓広し明易き

白衣ぱりぱり教授回診夏の朝

着陸機陸続東京の空は灼け

溽暑待つ退院なれどよろこばし

退院の我を迎へて赤手蟹

退院をして潮の香とほととぎす

へろへろとあり甚平のふくらはぎ


甚平の太もも薄くやはらかし

界隈の蚊に待たれをり我が甚平

雨脚の見ゆるほとりの半夏生

白薔薇や紅うすうすとフリルなし

蠅虎に眼光と言へるもの

我が声を我が忘れつつ梅雨籠

「ねえ」と声かけてもみたし梅雨ふかし

虎が雨句会とてあり参じ得ず

沖に籠める雲真つ黒や虎が雨

虎が雨ぱらりと過ぎしばかりにて

主宰近詠(2024年7月号)

ゼノア・ジブ    本井 英

字の名を寺分(テラブン)とかや髢草

鯥五郎の水平線は遠く細く

かろかろと音の乾きて昼蛙

爺が岳にピークが三つ夕蛙

民宿の畳ぶかぶか蛙の夜

ゼノア・ジブ遙かを辷り夏霞

舟を下りて沖見る日々や夏霞

ぽつちりと利島はありぬ夏霞

その色の楝の花と知れるまで

夏空を仰ぎ回して雲さがす


仁王像怒張の四肢を薫風に

燕らに旧江戸川といふ水面

清潔にあり紫陽花の蕾と葉

色抜けてゆくは即ち小判草

舌端の泡だちながら卯浪寄す

(サカ)り来て若葉の上に天守閣

蚕豆の莢もくもくと太々と

蚕豆の「おはぐろ」きりと結びけり

ほととぎすかな西御門あたりより

鎌倉のいづこの谷戸も金銀花