永田泰三さんと二人で俳人協会千葉県支部俳句大会に出席してきました。事前に郵送で投句した俳句の方はさっぱりでしたが、懇親会で大先輩方から貴重なお話をうかがえました。
月別アーカイブ: 2012年4月
カナダの俳句~有働亨『汐路』より(杉原)
カナダの俳句~有働亨『汐路』(琅玕洞、1970年4月)より
全く個人的理由により、暫くカナダでまとまって詠まれた俳句と言うのを探してみて、ご紹介してみたいと思います。
まず、webで検索して簡単に出てくるのが、有働亨氏の第一句集『汐路』。
有働亨氏は「馬酔木」同人。「馬酔木」の重鎮として活躍された俳人。
氏は五校(熊本)を経て、京大経済学部時代に、キャリア試験の合格し商務省(通産省、現・経産省)へ内定するも、学徒動員され、海軍で主計担当幹部として第二次世界大戦に従軍。
戦後東南アジアで捕虜となるが、その際英語が堪能であるため、指揮官役を務め、昭和二十五年に復員。
その後、通産省官僚として、昭和二十八年から三年間に渡り、カナダ大使館へ勤務された。
2010年6月に逝去。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E5%83%8D%E4%BA%A8
・
本句集『汐路』は、氏の第一句集で、昭和二十六年から、退官の昭和四十四年までの五百六十句余りが集録されている
(氏は、既に戦中から「馬酔木」の「新樹賞」の巻頭を飾るなど活躍をしていたが、本句集では全て削除されている)。
また、本句集は「琅玕洞」より出版されている。「琅玕洞」は慶大俳句の大事な先輩である、楠本憲吉が経営している出版社である。
・
さて、カナダで詠まれた句の中から幾つか紹介しよう。
●「昭和二十八年・二十九年」より
春星やとはの氷河を村の空
没日の後雪原海の色をなす
毛衣の男が鳴らす鍵の束
栗鼠の春並木の果に塔光り
大木を裂く寒さの中や月のぼる
よき眠りなりし雪積む二重窓
ツンドラはむなし真晝の霧匂ふ
爐に遠く凭れ合ひ寝の橇の犬
暮雪しづかに壁の刺繍絵古びたり
蒼天は吹雪のひまに移りをり
・
●「昭和三十年・三十一年」より
裏街はあまたの岐路の夕凍みつ
マロニエの葉蔭はふかし椅子一つ
吾子得たり街の氷柱が眩しくて
古りしバススキー百本積みて発つ
樺咲いて牧夫の村は四五戸のみ
あふれ咲くリラや村なす旧教徒
以上。氏の作品は気品がある。また、赴任の旅及び赴任当初は旅行者としての眼で句が詠まれているが、次第に生活者の眼と変わっている点が良く分る。特に、氏は長女をカナダで得ており、本句集名も長女のお名前に由来するものとのこと(「後記」より)。
何れにせよ、珍しいものを見たという気持ちの昂揚感を季題に如何に託せるか、定型の中で独りよがりにならないようどう落着けるか、よく考えさせる句集であった。他に詠まれた句も色色素敵な句があるので、機会があれば手にとってご覧頂きたい。
〆
角川『俳句』5月号
角川『俳句』5月号は60周年記念号です。
その5月号に本井英主宰が「まだだいぶ」12句を発表されております。
ぜひ、ご一読下さい。
小沢薮柑子『商船旗』を読む (泰三)
「夢だけど。夢じゃなかった。」というのは、となりのトトロの中に出てくる台詞である。句集『商船旗』には、「当たり前だけど、当たり前じゃなかった」事柄が溢れている。しかも、それらの当たり前じゃなかったことが、あたかも当たり前であったかのように描かれている。
句集を一読して、体言で終わる句が目につく。体言で終わる際には、上語を「や」で切って形を整えたくなるものだが、作者はそれを避ける。淡々と移り変わる世界を、淡々と描写する。それはきっと、薮柑子さんの生き方そのものなのだろう。
日当たつてゐて秋の蠅動かざる
季題は秋の蠅、蠅だけだと夏の季題である。夏の蠅はぶんぶんとうるさいが、秋の蠅は何とも切ない。窓辺であろうか、秋の陽射しを浴びながら飛び立とうともしない。残り少ない命を作者は冷静な目で見ている。静かな写生に徹する事によって、逆にあわれを感じさせる句である。
同じ道帰つてきたる日永かな
何と同じ道なのだろうか。私は「行った道」と同じ道と鑑賞した。それは、この句が「日永」の句だからだ。帰る時間まで残っている陽射しが、「朝と同じ道」だという感覚を強く持たせた。同じ道を行き、同じ道を帰る。通勤とはそんなものなのだが、日永が故に、そこに感動を覚えた。
水仙の葉の色茎の色同じ
季題は水仙で冬。香の強い純白の花である。しかし、この句の主役は花ではない。葉と茎である。葉と茎の色が同じであるという当たり前の事実が言われているだけである。何でもない事柄なのだが、確かな写生が水仙の姿を読者に浮かび上がらせる。
冬瓜の逃げも隠れもせぬ畑
季題は冬瓜。堂々とした体躯が、畑にごろごろと転がっている。その姿を「逃げも隠れもせぬ」と写生した。
この句の背後に
先生が瓜盗人でおはせしか 虚子
を感じる。
冬瓜は盗もうにも重すぎて盗めない。「盗めるものなら、盗んでみろ。言っておくが、俺は重いぞ」なんていう冬瓜の台詞が聞こえそうだ。
アスパラのレシピを壁に留めながら
季題は、アスパラガスで春もしくは夏。歳時記によって扱いが異なっている。また、昔の日本人は食べなかったのだろう。古い歳時記には載っていない。
そんなアスパラガスであるが、自分で思いつく食べ方なんてバターでさっと炒める、もしくはベーコンで巻き付けて焼き鳥と共に焼くといったぐらいだ。
しかし、違う食べ方はないだろうか雑誌をめくってみた。すると美味しそうな食べ方が見つかった。さっそく雑誌を切り抜き、壁にピンでとめながら、料理を始める。
この句が例えば、「松茸」のような高級食材の句だったらどうだろうか。気取りすぎて嫌みである。アスパラという身近な食材を使った日常の料理、いやわざわざレシピを切り抜いて料理しているので、休日の昼の料理といったところか。この一寸だけ特別な感じが私は大好きである。
『商船旗』抄 泰三選
浮島に薄日があたり秋の池
炎熱の街が斜めになる離陸
蜥蜴鳴く眠りに落ちてゆく時間
日当たつてゐて秋の蠅動かざる
森の底から凍星の見えてをる
同じ道帰つてきたる日永かな
雛納むいつまで同じ新聞紙
船虫の数をたのみに逃ぐるかな
滝水の落ちれば風の生まれけり
水仙の葉の色茎の色同じ
ロバいつも大儀さうなり街の春
冬瓜の逃げも隠れもせぬ畑
まどろみのあいだもずつと秋涼し
アスパラのレシピを壁に留めながら
夜濯のやうに次々皿洗ふ
花鳥諷詠ドリル ‐主宰の句評‐ 第24回 (平成17年5月13日 席題 蛞蝓・橡の花)
朴咲いて白馬村なる日和かな元の句、「白馬の村の日和かな」。『白馬の村』というと、『白馬の騎士』みたいになってしまって、あるいは、白い馬がたくさんいる村みたいになってしまいますね。白馬の村はちょっと無理でしょうね。もしかして信州の白馬村だとすればね。そうしたら、白馬村とおっしゃらなければ無理なんで、掲句のようにすると、なるほど、栂池とか、天気がよければ、上の白馬槍とか杓子とかが見えている。その日和も、想像できると思います。
雨音に明日の牡丹を思ひをり牡丹が庭に咲いてをった。今日はきれいだった。雨音がしてきた。どうだろう。明日見てみよう。こぼれてしまった花弁があるかもしれないなー。だからと言って、シャッターを開けたり、雨戸を開けたりして見るわけではないんだけれど、頭の中で、今日一日見ていた牡丹と、明日の朝の変わり様を、心配しながら、雨音を聴いているという句。元の句の「思ひやる」だと、ちょっと違う。「思ひやり」とか「思ひやる」だと、情が籠り過ぎてしまって、味が濃くなってしまう。「思ひをり」と少しクールにしてしまった方がいい。
京御幸町上ル西入ル新茶買ふどこだか存じませんが、上ル西入ルで、大きな碁盤の目から外れていない部分だということが、この表記の仕方でわかる。古い葉茶屋さんがあって、わざわざ買いに行った。おそらく京都の人皆が好む、新茶が宇治から運ばれて、京の 町中で、売られているのであろうというところまではわかりますね。
密柑山の花の香りに誘はれてこれ、最初から「密柑山の」と字余りでしたね。大分、表現のコツを飲み込まれたことを、嬉しく思います。「密柑山花の香りに(後略)」では歌謡曲になっていってしまう。「密柑山の花の香りに」とすると、突然上品になって、その香りがひじょうにいい香りで、たまたま上る気はないんだけれども、あまりの香りのよさに、「ちょっと上ってみようか」というので、畑につれて上ってみた。


