日別アーカイブ: 2012年4月16日

花鳥諷詠ドリル ‐主宰の句評‐ 第21回 (平成17年5月13日 席題 蛞蝓・橡の花)

伐採の青葉の香り道包む
季題は「青葉」ですね。伐採は間伐でもいいんですが、何かのことで、青葉の茂っているのを伐ることになった。チェーンソーの音がして、道の辺りに、葉がついたまま枝が盛り上がっている。そんな所を歩いたところが、その香りが道全体を包むようにあった。ということです。元の句、「伐採の青葉香りて道包む」。これだと、青葉が道を包むことになる。香りが道を包むんでしょうね。そうすると、掲句のように「伐採の青葉の香り道包む」としないと、句としては成り立たないですね。
麓なるつつじの色へ下りけり
つつじの色というのは、何も一色ではなくて、いろいろの色があるんだけれども、目が痛くなるような赤い色ってのがあるんです。外の花にはなかなか無い色なんですけれど、つつじの最も特徴的な色でしょう。小高い丘から下のつつじの方へずっと降りてきた。それはつつじへ降りるというより、つつじの色に降りていくような感じがしたということで、霧島とかの高原の感じでもいいし、 どこか植え込んだ六義園とかの築山を見るのも構わない。あるいは小石川の植物園の上から下へ降りてくるのも、こんな感じがしますね。そんな心楽しい句だと思います。
平均台のやうに茎来し天道虫
元の句、「平均台のやうに草来し天道虫」。『葉』だと平均台という感じがしない。茎だと、なるほど天道虫の腹より茎の方が狭いことがありそうで、平均台という比喩が生きるでしょうね。
牡丹描いて牡丹見ている昼下り
ちょっと感じがある句ですね。牡丹が咲いたので、牡丹を描いてみましょうというので、描き始めた。しばらくして描き上がってもいいし、途中で描くのを止めて、他のことを考え始めてしまって、手は止まったままで、牡丹を見ていた。描き上がったわけではないが、描く気持ちではなくなって、ほかのことを考えながら、牡丹を見てしまったという方が、句としては、深いかもしれませんね。元の句、「牡丹描き牡丹見ている」。これだと、説明っぽくなってしまいますね。「牡丹描いて」と字余りになさった方が、この句はかえって生きるかもしれません。
湯気もまた緑色なす新茶かな
ちょっと出来過ぎている。湯気が本当に緑色かというと、そんなことはないんで、湯気の下にあるお茶の緑が映えて、湯気もそんな感じに見えたというんでしょうけれども、それを強引に「緑に見えます。」と言った潔さもいいのかもしれません。でも若干危険分子を含んでをりますね。
葉桜のたはむるるごとそよぎをり
元の句、「たわむれるごと」。「たはむるるごと」でしょうね。「たわむれる」は口語ですね。「たはむるる」は文語。なるほど花の咲いている時に、揺れていると、『戯れる』という感じより、「まあ、散っちゃったら、どうしよう。」なんて言う方に、人間の気持ちが行ってしまう。葉桜だと、よほど風に吹かれても、現金なもので、安心して見ていて、まるで『戯れているようだな。』葉裏と葉表に、若干の色の違いが、それほどけざやかではないんだけれども、出てきて、面白いですね。葛の葉みたいに表と裏の色が全く違うというと、もっともっと違う印象になりますが、でもこの葉桜の気分がよく出ていると思います。

句集『TKS』を読んで~稲垣秀俊

 句集『TKS』を読んで~稲垣秀俊

川瀬しはすさんは昭和43年生まれ、俳句を始められたのが昭和63年で、以後本井主催に師事されている。

川瀬さんの句は、下に挙げるように平明かつ明朗で、写生句の王道といった感じがある。先に評を書かれた本井主宰も矢沢六平さんもその点を指摘されている。句の明るさは、川瀬さんのお人柄はもとより、テーマの選び方と観察の正確さに因るものであろう。

         成り揃ふ小茄子中茄子砂地畑

      左義長の破魔矢の鈴が焼け残る

              蜻蛉生る峠の道は工事中

 

以下はまだ他の方が評されていない句に触れていく。

 

              造園夫五六人ゐて春めける

 植え替えシーズンを迎えて活気が出てきた造園屋の風景であろうか。造園夫にしか触れられていないが、春めくという季題によって、周囲に植えられている木々の活力溢れる様子まで想像できる。

 

              汗したヽる顎頬骨と団子鼻

 顔のパーツを下から並べていくことで、仰角のある顔面が迫ってくるような効果が出ており、汗のしたたる暑苦しさを表現している。その雰囲気はまるでKING CRIMSONのジャケット画のようであり、顔というよりは肉塊に近い油っぽさを感じる。

 

              建ち並ぶハイツにコーポ芝櫻

 新興住宅地の植え込み、あるいはちょっとした公園に芝桜が咲いている様を写生した句である。味気ない住宅と、管理の行き届いた植え込みと、植栽された芝桜。どこをとっても人の手が入っていて小奇麗であり、一見俳句にし難いようにも感じるが、こうした人工的な景にこそ芝桜の本情があるように思う。

 

              うねるやうな宿の畳や菜種梅雨

 菜種梅雨は3月下旬から4月にかけて降り続く雨のことである。私にはまだ使いこなせない季題であったので、この句は大変勉強になった。

畳がうねっているくらいであるから、それなりに古い宿である。またそのうねりに気がつかれた川瀬さんは少し寛いでいらしたのであろう。古宿に何をするでもなく休んでいるという景と、梅雨や秋黴雨とは異なる菜種梅雨のデカダンな感じが相俟って独特の空気が醸成されている。

 

稲垣秀俊