日別アーカイブ: 2011年11月10日

永田泰三『一歩』鑑賞(渡辺深雪)

序にかえて

 この度、今月に入って刊行された永田泰三氏の第零句集『一歩』を拝読させていただいた。どの句にも、俳人としての同氏の人間性が滲み出ているように感じられた。鑑賞をさせていただくにあたり、この句集を通じて浮かび上がる作者像について書いてゆきたい。

 まずはやはり、永田氏が抒情を愛する感性豊かな人間であることだろう。その豊かな感性は、以下に挙げる句からもうかがえる。

駅を出てそれぞれ家へ春の月  泰三

口笛を乗せて遠くへ青田風

 一人一人が家路に着く上に浮かぶ春の月のほのかな様子や、口笛を運ぶ初夏の風の爽やかさなど、読む者の情感をかきたてるものがあるだろう。永田氏の持つみずみずしい感性とリリシズムを、この二つの句は見せてくれる。

  だがこの豊かな感性も、日常性を大事にする同氏の生活感覚あってこそ生かされる。これを証明する二つの句がある。

五月雨にやることなくてギター弾く  泰三

母としてごきぶり打ってをりにけり

  外に出るのが面倒でギターを弾いて気を紛らわせる休日や、ごきぶりを打つ主婦などはよく見かける光景だろう。特に前者の句の「やることなくて」というぶっきらぼうな言葉からも判るように、永田氏の作る句では日常の光景が飾り気のない言葉で描かれている。同氏はことさらに難しい言葉を並べるようなことはしない。素朴な生活感情を失わず、日々の営みをありのままに描く人間なのだ。

  ありのままに見たものを描く永田氏は、優れた観察眼を持つ俳人でもある。

蕊を見てをれば香れる梅の花  泰三

蕊に濃き桃色集め桃の花

 梅と桃の違いはあるが、共に蕊という一点に集中して対象を描き、それぞれの美しさを表現することに成功している。細かな所に至るまでものを見る姿勢が、奥行きのある写生を可能たらしめているのである。

  最後に、永田氏の人柄を特に強く浮かび上がらせている句がいくつもある。以下の句をご覧いただきたい。

日脚伸ぶ頃に生まれて来てくれて  泰三

咳の子の小さき背ナをなづるかな

 我が子に寄せる思いを詠んだこれらの句から、同氏の温かな眼差しを感じることができる。こうした温かな眼差しは、我が子への愛情を詠った句だけに見られるものではない。夫として、父として、聖職者として、教師として、永田氏は他者に対して常に慈しみの心を持って接している。そしてこの慈しみの心こそが、その豊かな教養と並び同氏の句作を支えているものだ。句作において強調される写生とは、生命あるもの(生)を写すことである。永田氏は万物への温かな眼差しを決して失うことなく、この慈しみを持って生命あるものを詠う俳人なのである。

 

飛び立てる時の力や寒鴉  泰三

 寒空の下、鴉が大きな羽音を立てて飛び立つ瞬間を描いた句。寒鴉は一月の季題であるが、この時期は空気が乾燥しているため、物音が大きく聞こえる。鳥の中でも体躯の大きい鴉が羽ばたけば、一層強く耳に響くはずだ。だがこの句の中では、「音」を表す言葉を用いる代わりに、「力」という一語にこの情景を凝縮させている。何もかもが枯れ果てた、冬の荒涼とした情景をこの季語は連想させるが、ここでは厳しい季節を生き抜く禽獣のたくましさと生命力をむしろ感じることができる。

 

 待たされてゐる事楽し春隣  泰三

 「待つ」というのは嫌なものだ。まして一月の冷たい風が吹きすさぶ中であれば尚更である。「待たされている」と受動態で書かれている点からも、これが作者の本意でないことは容易に想像できるだろう。が、周りを見ると外の日差しは明るく、もうすぐ花開く気配すらうかがえる。春は少しずつ近づいているのだ。それを思うと、こうして待たされていることも、段々楽しく感じられて来る。「待つ」という面倒な行為を「楽し」と言い切ることで、「春隣」という季語が実感の持てる言葉となっている。

 

寝そべりて雲雀揚がるを見てゐたり  泰三

 よく晴れた春の休日、作者は家族あるいは友人と近くの野原へピクニックに出掛けた。やわらかな草の感触が気持ちいいので、大地の上にあお向けになりただぼんやりと空を見上げていた。するとそこに、普段はあまり見ることのできない雲雀の影がひとつ、高く舞い上がろうとしているのが見えた。雲雀は空の一点となり、高く高く昇って行く。作者はこのまま横になりながら、その姿をずっと眺めていたいと思った。そんな作者の眼を通じて、明るく牧歌的な春の風景が浮かび上って来る一句である。

 

体操着着て休日の田植かな  泰三

 田植を手伝う子供の姿を描いた句。描かれているのは、休日の田園の風景である。学校の授業は休みで、子供は家にいる。大人たちは外で苗を植えている。子供はそれを見て、自分も手伝いたくなった。が、服装は汚れても良いように、体育の授業で着る真っ白な体操着である。この白い体操着がまた、田んぼの匂いと青々とした苗の色に合う。田舎の子の元気な様子と田植の明るくみずみずしい情景が、体操着と田植という組み合わせから見えて来る。

 

百日紅暑さ喜び咲けるかな  泰三

 百日紅はちょうど夏の暑さがピークを迎えたころに花開く。灼熱の太陽の下、赤い花が一斉に咲くその様は「燃える」という形容にふさわしい。ことに蒼く広がる真夏の空とのコントラストは壮麗である。夏の盛りに咲き誇る様を見て、作者はこの花が暑さを「喜んで」いるのだと感じた。なるほど、燃えたぎるような暑さに呼応して、真っ赤な花を開く様は「喜び」の表現として受け取ることができよう。この「喜び」という一語からは、夏の植物の生命力がまばゆいばかりの明るさと共に感じられる。

 

帰省して母校の前を通りけり  泰三

 「母校」というひとつの言葉に、作者の様々な思いが込められている。夏休みなどで長い休暇が取れたので、久しぶりに故郷の街に帰って来た。車かバスで実家へ向かう途中、かつて通った学び舎が眼に飛び込んで来た。青春を過ごしたこの建物を見て、本当の意味で自分のふるさとに帰って来たことを実感した。が、感傷にふける間もなく、車はその前を通り過ぎて行く。すでに卒業して大人になった作者は、もうここに戻ることはできないのだ。失われた時代への郷愁が、一瞬の光景を通じて読者に伝わる一句。

 

秋風におもちゃの車走り出す  泰三

 小さな子供がいる家庭の情景。下に小さな車輪のついた、消防車かスポーツカーを模った子供用の乗り物がこの句の中心である。子供が遊び終わった後、地面に置いたおもちゃの車に秋風が吹き、ひとりでにコロコロ動き出した。ただそれだけのことを描いているのだが、その転がって行く様子からは秋風が吹く情景の静けさと、何かが終わったようなもの淋しさが感じられる。子供もいずれ大きくなり、この乗り物で遊ばなくなる日が来るだろう。それを思うと、このおもちゃが持つ意味合いもまた違うものになる。

 

柿吊す事が仕事や日曜日  泰三

 秋も深まり行くころの、山村の農家で見た風景。地方ではまだ残っているはずだが、熟れた柿を軒先に吊るして干し柿を作る慣習は、秋の原風景になっている。この柿を吊るしているのは、六十を過ぎたくらいの老夫婦だろうか。「仕事」とはいっても、平日の農作業と違うのでゆったりと動いているように見える。普段都会で忙しく働いている作者の眼には、新鮮に映ったに違いない。のんびりと柿を吊るしている姿は、深まる秋の穏やかな情景と共に、都市での生活に疲れた人間の心をいやす何かを感じさせてくれる。

 

宙に浮く如くに夜の紅葉かな  泰三

 秋の深まりと共に夜の訪れも早くなる。昼間は眼の前に現れていた木々の幹と枝が、夜のとばりに紛れて見えなくなってしまった。色とりどりの紅葉だけが、闇の中に姿を現している。それを作者は、「宙に浮く如くに」見えたのである。黒い闇と紅葉の色のコントラストもさることながら、「宙に浮く」という表現が後者の持つ一種の妖艶さをより強く印象づけている。深い闇の中に紅葉の姿が浮かび上がる様が、読む側に静かな幽玄の世界を垣間見せている。

 

焚火する人を見てゐる烏かな  泰三

 先に「寒鴉」の句を取り上げたが、この烏(鴉)という鳥は冬の風景によく馴染む。その不気味なイメージが、殺伐としたこの季節の情景に似合うからだろう。さて、焚火をしていると一羽の烏が近くに止まっているのが見えた。火を焚いている人間たちの方を、烏は鋭い眼でじっと見ている。本当なら、「見ている」のは(作者を含めた)人間たちの方であるが、「見ている」主体を烏に置き換えることで、両方の姿が焚火を中心にパノラマとなって見えて来る。人間が作り出す火と煙に、烏は何を思うのか。もしかしたら、烏の方でも冬の寒さに我慢できず、一緒に暖を取りに来たのかも知れない。

 

他にも取り上げたい句がいくつもあったが、筆者の好みと力量によりやや偏った選になったかも知れない。これからも、永田氏がより温かな味わいのある句を作ってくださるよう切に願う。

夏潮渋谷句会(英)

渋谷句会、今月の兼題は[木枯]と[綿虫]どちらも、いろいろ意欲作がありました。それにしても俳句会は面白い。清記用紙の一句一句を読んで行くと、まるで短編小説の断片が、キラキラ輝きながら目に飛び込んで来るようです。そのなかで自分の心と波長合ったものを書き出してゆく。渋谷句会、皆さん是非お越しください。季題研究のレポーターは、木枯が都築華さん(写真、上)、綿虫が宮川幸雄さん(写真、下)でした。

手術日の明日に決り髪洗ふ 野梨壺 (泰三)

 実りの秋を堪能し、体重の増加に歯止めがかからない泰三です。皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

 夏潮11月号雑詠より。季題は「髪洗ふ」で夏。角川合本歳時記には、「髪を洗ったあとの心地よさは夏は格別である」と解説される。例句として「髪洗ひたる日の妻のよそよそし 素十」の句が上げられている。素十の句を読んで、まず「え!?髪って毎日洗わないの」というものが第一印象。いったい、虚子や素十の時代はどれぐらいの頻度で髪を洗っていたのだろうか。

 さてこの句。手術の日が明日に決まった。いつかやってくることは分かっていたが、いよいよ明日である。もう覚悟を決めて挑むしかない。身も心もさっぱりして大仕事に挑む。「髪洗ふ」という行為に、静かな、そして強い覚悟がこめらている。いざという時の女性の静的な強さに満ちあふれている句だと思う。

前北かおる句集『ラフマニノフ』(2011年5月)

「夏潮」の創刊以来の運営委員であり、第1回黒潮賞を受賞した前北かおるさんの第一句集『ラフマニノフ』(ふらんす堂 2011年5月)。


『ラフマニノフの歌』                 石神 主水  (『夏潮』2011年10月号)


前北かおる君の俳句は、子どものような(失礼、純粋な)素直さに一貫して支えられている。

露草のミッキーマウスミニーマウス

かおる君の俳句生活では、まだ修業時代初期の句。小粒で可憐な藍色の露草の花をミッキーとミニーに見立ててしまう眼差しと俳句に仕立て上げてしまう無鉄砲さ、いや大らかさは、彼の持って生まれたセンスだろう。

初明り膨らんできて初日かな

かおる君が「あとがき」で書いているように、免許取りたての「かおるカー」で、しばしば吟行という名のドライブに出かけた。そのなかでも茨城県の御前山方面に初日は印象深い。山頂のらせん階段がむき出しの展望台(御前山ではなく、三王山であったか)に、地元の若者たちと一番争いをしつつ、見た初日は、大きく力強かった。

山鉾の戦の如く来たりけり

杉原祐之くんと三人で行った祇園祭。祇園祭は博多山笠のような激しい勢いのあるものでないが、巨大な山鉾が林立して、京の大路を堂々と巡るさまを、「戦」と叙したところに、やはり、かおる君らしい大らかさがある。

そのかおる君も大学院修了後、生涯の伴侶、麻里子さんを得て浜松へと行った。まことに順風満帆、まさに「ウエディングパーティーを載せ遊び船」である。この浜松時代、自身は句作のペースが落ちたと書いているが、たくさんの句を詠み、捨て、佳句を得ている。幾つか掲げたい。

全島のライトダウンに星祭

炭頭とろけてきたる火力かな

フェレットが腕よりこぼれたんぽぽ黄

大いなるジャスコが出来し秋桜

春雨に弾いて歌うて夫婦なる

春雨に二人は何を歌ったのか、詮索するつもりはない。しかし、後の句に「春の夜や娶りてしばし住みし町」があるように、夫婦として気持ちを一つにできたのが、この浜松時代であったのだろう。そして東京に戻り、母校慶應義塾中等部に奉職して現在に至る。近年の句は、さらに花鳥諷詠を極めつつ、温かな家庭を大らかに読んでいく。

吾と妻の間に生るる蝶々かな

春めくや夜の歌とは愛の歌

産声や青葉の殿の名を継ぎて

まさに待望の長子を得ることとなった愛が溢れている。

惜春の心ラフマニノフの歌

この句集の表題句にこそ、こうした彼の句の本質がある。ラフマニノフはロシアの音楽家であり、その曲中における甘美なピアノの旋律は春を惜しむ感覚に素直に調和する。このロマンチシズムこそ、かおる俳句の真髄なのである。


産声や青葉の殿の名を継ぎて   かおる  

  赤ン坊の泣声というものは、人の心を和ませる不思議な力を持っている。ましてや待ちに待った「産声や」ともなれば、父、母、となった二人は勿論のこと、周囲の身内の人たち、居合せた見知らずの人たちにとっても、まことに心地良い天使の歌声というものであるに違いない。私の住む小さな路地も老齢化が進んで久しいが、先般隣家の若夫婦に赤ちゃんが出来て時折泣声が洩れて来る。

  その泣声を聞くと自分の心が何とも言へない安らかな気持になるのを覚える。同じ頃、私には末の孫娘に二人目のつまり曾孫が生れた。多少の年令差はあるがかおるさんもつまりは孫の世代である。そこにまた一入の感慨がある。お世話になってをる夜の夏潮池袋句会で、かおるさんがこの句を披露されたことを記憶している。正確な言葉は覚えていないが確か「事前に性別は分っていたので生れる前に句が出来てしまった」というようなお話であったと思う。「産声や」という詠い出しにいま父となった何ともいえない喜びが余すところなく表現されている。

  俳人にとって第一句集が「産声」であるとすれば、その句集の棹尾を飾る句としてまことにふさわしい一句とも言えよう。 (今野露井)


店番の暇に温習(サラ)へる踊りかな   かおる

 「夏潮」創刊の一年前、平成十八年八月本井居で一ヶ月連続して開かれた「日盛会」に出された句とある。

  「踊り」は「盆踊」のことで、目にする句のほとんどは盆踊りの場の情景が多い。だが本番を前に、店番をしながら、さらっているのを見逃さず詠んだのが、この句である。こう詠まれてみると、村での暮らしがよく見える。都会の暮らしでは「店番の暇」はなかなかない。田舎へゆくと、朝早くから起きている間中、店を開けている。お客は殺到しないから、店番をしながら炊事も庭畑の手入れもする。お盆に向けては盆踊の復習が最も大切なのだ。

 かおるさんと初めて会った日、拙宅で句会をした。句会の後、軽やかにピアノを弾かれたかおるさんを思い出す。身についた音楽があればこそ、ラフマニノフやドビュッシーの佳句を創り得たと思う。一方で盆踊りの句や里神楽など、日本の民俗を細やかに詠んだ句に、慶應の折口先生の伝統に連なるものを感じる。

著者の類いなく深く広い心が、どのようなものを掴んでいくのか、楽しみである。 (山本道子)


藪椿歓喜の歌を歌ふかに    かおる 

  第一句集の『ラフマニノフ』の題名からも、又ワーグナ ー、エルガー、ドビュッシー、ショスタコーヴィチ他、奥 様と「弾いて歌うて」と句集には音楽に関する俳句が十句 以上あり作者は音楽、とりわけクラッシックがご趣味で造 詣の深い方と窺える。それ故掲出句の「歓喜の歌」は毎年 暮になると大合唱で歌われるあのベートーベンの交響曲第 九番第四楽章の「歓喜の歌」と思って間違いないであろう。

 豊かな森に今を盛りと多くの花をつけた高木の藪椿が想 像できる。藪椿の花はさほど大きくないが、真つ紅な花に 大きな黄色い蘂が目立つ。その花が密に咲いている様子は、 まるで大合唱隊がクライマックスを歌い上げているように 見えた。しかも艶やかな緑の葉に花の紅が引き立ちその華 やかさが一層増す。「歌を歌う」と歌の字を重ねた事で華 やかさとパワーが表現できた。いつも真摯な写生態度の作 者が目をこらしての写生の途中、ふいにこの薮椿が心の奥 の音楽に響き、あの「歓喜の歌」が蘇ったのだと思う。

 この句集はご結婚ご長男誕生の慶事やご家族の愛、絆又 何よりも俳句を作る作者の喜びが溢れている。俳句はその 時々の心持ちが自然と句の中に現れるものであるが、この 句も正にその通り、喜びのお裾分けを頂いた一句である。  (前田なな)


秋灯下時を刻める金の針    かおる

 秋のある日。ひとりの時間。

 静かな夜、時計の目が止まりました。やわらかいオレンジ色の灯りの中で金の針がしっとりと存在しています。

 今日届いた俳誌を読んでいるのかもしれません。テーブルの上にあった葡萄を食べているのかもしれません。昼間のちょっと嫌な出来事を思い返しているのかもしれません。なんとなく携帯電話をいじっているのかもしれません。明日は休み、今夜は夜更しするのもいいなあと考えているのかもしれません。

 時計を見ると、さっきからあまり時間が経っていません。短針も長針も気配を消しています。秒針だけが動いています。と、急に音が聞こえ出しました。時を刻む秒針の音。チッチッチッチッチッ。もうその音しか聞こえなくなりました─。

 毎日の暮らしの中でこんな時間はやって来ます。秒針の チッチッチッチッチッという音を聞いて、次第に心が落ちついてゆくこともあるし、どこか心細く不安な気持ちになることもあります。この句からは前者をイメージしました。今夜、金の針はいつもよりゆっくりと時を刻んでいるのです。何気ないけれどとても良いひとときが、かおるさんに訪れたことが伝わってきます。 (金子千鶴)


楽団を待ちをる椅子や秋灯下 かおる

 コンサートホールのステージに照明がともり、「開演に先立ちまして…」のアナウンスが放送される。静かになる。聴衆は、黒い服の楽員が出てくるのを待つ。ステージをよく見ると、指揮台に向いて扇のように配置された一つ一つの椅子が楽員を待っているように思われる。黄色味をおびた照明とステージの木の色、楽員の黒い服といった色彩感、秋のともしびの温かさ、指揮者が出てくるときの拍手やチューニング、これから奏でられる曲など、五感を刺激してくれる句でもある。

 「楽員を」でなく「楽団を」としたことの効果は二つ。一つは、クラシック以外にジャズやタンゴのバンドでも読めること(前書からはオーケストラであることが明瞭だが、それは措くとして)。もう一つは、ステージに配置された椅子全体が「楽団」という集団(かたまり)を待っているニュアンスが表れること。これに対して、「楽員を」としたならばクラシックが連想され、また一つ一つの椅子がそれぞれの主である楽員を待っている、という風景になる。いずれを採るかは目の前の実景と作者の美意識にかかるが、作者が慎重に措辞を選んでいることがうかがえる。   (小沢薮柑子)


枝伝ひ枝伝ひして梅が散る かおる

 はじめは風らしい風は吹いていなかったのだろう。零れ出た梅の花片は垂直にのびた枝を伝い、ゆっくり降りてゆく。それがやがてその枝の付け根にある太い枝に当たったかとおもうと、今度はその太枝の上を転がるようにして移ってゆく。そこにはわずかな風の助けもあったかもしれない。そのうち花片は枝(幹)を逸れ、地に落ちてしまった。

 梅の花片がこんなふうにきちんと枝を伝って散っていったかどうかはわからないが、「枝の伝い方」をさまざまに思い描くのは読者の自由だ。掲出句には、梅がどんなふうに枝を伝っていったのかは書かれていないのだから。

 では、何がこの句の骨格をなしているのか。それは「梅の木の形」である。この句は「枝伝ひ」と二度言うことで異なる二つの枝を見せる。そしてそれを手掛かりにさせて、縦にのび横にのびあるいは捩れもした、複雑でむつかしい形の梅の木というものを読者に喚起させているのである。読者一人一人がそれぞれにそんな「梅の木の形」を思い描くことができたとき、この一句はすでに成功しているといっていい。あとは、実際に「梅見」でもしているかのように、この梅の木と対峙し、その花片のさまざまな「伝い方」「散り方」を心ゆくまで楽しめばいい。

 実に省略の効いた一句といえよう。   (藤永貴之)


●その他関連記事は以下のとおり。

●著者本人のページ「俳諧師 前北かおる」の「ラフマニノフ」関連ページ

「やぶろぐ」

「前北かおる句集「ラフマニノフ」を読む(1)」

「前北かおる句集「ラフマニノフ」を読む(2)」