日別アーカイブ: 2011年11月2日

池袋句会。(前北かおる)

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 今日は、池袋句会がありました。兼題は、露霜と仏手柑でした。例によって難しい題が出ていたため、苦労させられました。

 慶大俳句の橋本慎也君と平林賢東君が初めて参加してくれました。

  鎮むるに仏手柑の名を奉ぜしか  かおる

課題句(2011年11月号)

「石蕗の花」 櫻井茂之選
墓山へ行くだけの径石蕗の花		近藤作子
酢の蔵に潮風吹いて石蕗の花

流れゆく雲に光りや石蕗の花 平林和子 すぐ陰る島の日ざしや石蕗の花 梅岡礼子 濡縁の木目凹凸石蕗の花 本井英 一株の石蕗を大事と住古りて 臼井静江

雑詠(2011年11月号)

透明な水へ金魚を放ちけり		高瀬竟二
老いたるか骨がぎくしやくして裸
腕時計ちらと見サングラスの女
凌霄の風にうるさき花の数

昼寝して三途の川の辺まで 馬場紘二 天井に見覚えのなき昼寝覚 宮川幸雄 航跡を残さずに行くヨットかな 梅岡礼子 水中花電話鳴りをり取らずをり 永田泰三

透明な水へ金魚を放ちけり 高瀬竟二(2011年11月号)

季題は「金魚」。昔は「金魚売り」が金魚の桶を担いで町中を売って歩いていたものだが、そんな景色は絶えて無くなった。掲出句、どんな場面を想像してもよいのだが、私の心に浮かんだ景はこうだ。庭に古くからの金魚鉢が出してあって、布袋葵なども浮かべてある。その鉢の水がだんだんに緑色に濁ってきて、最近は浮かび上がった金魚は見えるものの、底深く沈んだ金魚はその姿を見ることもできない。そこである時、水を替えてやることを思い立ち、水道の水をポリバケツに溜めて置いておいたのだ。二三日経って、ポリバケツを金魚鉢の隣に置き、小さなタモで(あるいは何か台所で使う笊なんかかもしれない)、濁った鉢から金魚を掬いとってポリバケツの水に移してやった。その瞬間、金魚は「透明な」水に浮かぶような、あるいは水中を飛ぶような姿にありありとみえたのである。「透明な水」の中を駆け回る光線、その光線に照らされて、「金魚」は、いままで見せたこともない鮮やかな色調を作者に見せた。その瞬間の映像だけがこの句の内容である。

この句は、この場面に至った経緯については何も触れていない。余計な「事柄」はすべて省いてしまった。そこにこの句の強さがある。(本井英)