11月8日、京極杞陽先生の30年忌の句会に参加すべく前日から但馬豊岡に伺っています。久々に森田昇先生ともご一緒出来て楽しい吟行会になりました。玄武洞から円山川に沿って下り、日和山の素敵なレストランで食事と俳句会がありました。但馬らしい時雨の一日でした。明日はいよいよ杞陽忌句会です。早めに寝ます。英
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【お報せ】第39回mixi句会~11月7日(月)24時〆
【晩秋記念】第39回mixi句会 11月7日(月)24時〆7句
11月8日に冬がやってきます。
暦上の冬が来る前に秋を惜しむべく一句会を催します。
例によって〆切まで時間のない中での宣伝&月曜日開催で誠に恐縮ですが、多くの方のご参加お待ちしております。
なかなか句会に出られない方の参加も大歓迎します。
怖れることなく、お持ちの俳句をぶつけてくださいまし。
投句〆切りは7日(月)24時 7句 (雑詠)
選句〆切りは9日(水)22時
※日時は全て日本時間です。
投句/選句に参加希望の方は杉原宛にメールを下さるか、コメント欄に参加希望の旨記載いただければこちらから要領をお送りします。
〆
北窓を塞いでありぬ湖の宿 貴之 (泰三)
文化の日に行われた文化祭で精根尽き果てた泰三です。皆さんはいかがお過ごしでしょうか。
夏潮11月号雑詠より。季題は「北窓塞ぐ」。虚子編歳時記には、「冬の寒い北風を防ぐために北側の窓を塞ぐ」と解説される。が、近年、街中ではほとんど見られることはない。
さてこの句。句の内容としては、「湖の近くの宿の北窓が塞いである」というただそれだけである。それでは、この句の何がおもしろいのか。それは、その風景が見えるからである。この宿は、湖やその近辺でとれるものを食材にし、成り立っているのであろう。もちろんリゾートホテルなどとはほど遠く、またペンションいった西洋風の建物でもない。「宿」という呼び名がふさわしい建物である。その建物を厳しい北風が襲うのである。宿屋の主は、毎年同じように北窓を塞いできた。今年もまた当たり前に主は北窓を塞いだだけだ。しかし、都会暮らしの客にとっては、北窓を塞ぐということは当たり前ではない。そのあり様が新鮮に思え目にとまった。そしてその感動ををそのまま一句に仕上げた句であろう。
また、歳時記には「北窓を塞ぎつつある旅の宿 虚子」の例句が上げてある。類想句だとして嫌う人もいるかもしれないが、それぞれの句から私に呼び起こされる景色はは全く異なるものである。
何も言わずに、また何も飾らずに、ただ景色をずばりと一句に仕上げた強さが、この句にはある。
「落選展2011」を読むその2 澤田和弥/上田信治/佐藤文香
「落選展2011」を読むその2 澤田和弥/上田信治/佐藤文香
昨日に続いて3人をご紹介いたします。
4.澤田和弥「還る」
4人目は澤田和弥さん。
http://weekly-haiku.blogspot.com/2011/10/2010_3497.html
澤田さんは昭和55年生まれで早稲田俳句会で活躍されていました。浜松出身で現在は浜松の地で働いていらっしゃいます。
慶大俳句時代に色色遊んで頂きました。「天為」同人でいらっしゃいます。
寺山修二の忌日俳句が三句並んでいるように、現在の社会の矛盾を俳句という詩形を用いて描こうとされていると思います。抉り出す様に人、それも男の暮らしを俳句にされようとしています。
・風船の割れしが雨の道の上
・鞦韆や定年退職後の肉体
・花冷や血のみ残るる刺身皿
・三階は男の住み処花まつり
・のどけさのなんとさびしき空の上
・鳥葬の鳴き声高き修司の忌
・深々と田植の後の夜空かな
表題句の「水に還る数多の命蘆の角」はどうでしょうか、理屈に落ちてしまっていると思います。
ただこの詠み方を変に抑制してしまうと、澤田さんの個性が生きなくなる面もありますので、難しいところです。
5.上田信治「ゐのしし園」
5人目は上田信治さん「ゐのしし園」。
http://weekly-haiku.blogspot.com/2011/10/2010_966.html
週刊俳句の編集をされており、「里」でも活躍されています。鋭い評論には蒙を啓かれます。
深夜句会の渋谷での吟行会に一度参加いただいたことがあります。視野の広い方なので俳句会を共にさせて頂くと、大変勉強になります。
抽象的な世界を具体的なものを通して描き出すことに巧みな句群です。ゆったりとしたリズムで読ませる句が多く、しっとりとした世界を味わえます。
・みづうみに靴を失なふ秋の雲
・手の中のラジオが歌ふ冬の雲
・木の根つこ映して映画日の盛り
・ゆつくりと跨ぎし霜の鎖かな
・春待つや給水塔は木々のなか
・竹の皮落ちるしづかな竹のなか
・サンダルを濡らし実梅を拾ひけり
・明易し浄水場にして公園
一方、「凩の吹いてあかるい壁に服」「ゆふがたの干潟に皆のゐるやうな」などは力のあることが分りますが、思わせぶりすぎだと思います。
6.佐藤文香「詩の遊び」
6人目は佐藤文香さん「詩の遊び」。
http://weekly-haiku.blogspot.com/2011/10/2010_7090.html
こちらも上田さんと同じく「里」に所属。そういえば、今年の夏本井英主宰は京都で開かれた「里」の記念大会に出席されていました。
ここでの2ショットは衝撃でした。手元で探してみましたが見つからなかったのでお持ちの方いらっしゃったら教えてください。
所謂「俳句甲子園世代」代表作家の一人です。非常にタレントの豊富な形で第一句集『海藻標本』も大変な評判でした。
現在ふらんす堂で「俳句日記」の連載を担当されています。
http://furansudo.com/1day/sato/index.html
今回の句群もしっかりとした句がが並んでいるとの印象です。
佐藤氏も句を引き伸ばすことにより、句の世界の奥行きを広めようと試みているようです。
また韻に気の使い方は大変勉強になります。
・火の奥のうすむらさきと蝶の白
・蜜柑畑天つ夕日に荒れてあり
・まなじりを草に斬らるゝ午睡かな
・天幕生活野に腕長く差し出だす
・遠花火詩の遊びしてきずつきあふ
・愛されぬ人うたひつゝ梨をむく
・朝のアは愛のア逢ひにゆけば花
50句通して一定のリズムの句が続いてしまっている印象を持ちました。
「落選展2011」を読む 前北かおる/生駒大祐/小早川忠義_(杉原)
「落選展2011」を読む。
前北かおる「二等星ばかり」/生駒大祐「いちにち」/小早川忠義「浅葱裏」
落選展に掲載のあった作品群(20作品)より「夏潮」に縁のある人を中心に幾つかを紹介したいと思います。
1.前北かおる「二等星ばかり」
まず紹介させていただくのは、「皆様に愛されるアイドル俳人」にして「第一回黒潮賞受賞者」の前北かおるさん。
「二等星ばかり」と言うタイトルで50句出句されております。
http://weekly-haiku.blogspot.com/2011/10/2010_29.html
今回の50句を読んでの印象としては、淡々と季題を詠み込んだ句が多く、「ロマンチスト」全開の俳句群ではありませんでした
季題を愛でる「目」が感じられる句が多く、他の作品と比べても季題が効果的である句が多かったです。
また、得意の「見立て」の句についても納得の出来る俳句が多かったと思います。
・庭にまはり座敷の雛を一見す
・剪定の脚立の下の将棋かな
・朧夜や蝋燭の火もドビュッシーも
・大川は機関車に似てさみだるる
・衝立の向かうの透けて夏座敷
・鶏頭や捨てにし職を忘られず
・続々と三桁ゼッケン体育の日
・滝仰ぎゐれば風花目のあたり
・泣いてゐし目の潤みや初笑
「秋風の橋上に人待ちてをり」「叢中に真つ逆さまや鵙の狩」「冬空に透けて見えたる宇宙かな」「金粉の輝く花弁福寿草」などには先行句があると思われます。
また「仰ぐ」と言う動詞が頻出しており、視点が固定されている感があり若干損をしていると思います。
今回の50句は同じリズムの句並んでしまい、平板な印象を与えてしまったのかもしれません。
この点については難しいところで、我々の詠み方で押していくと、そうなりがちでです。
ただし、「花鳥諷詠」を標榜する我々としては、この詠み方を貫いていくべしだと確信をしています。
2.生駒大祐「いちにち」
続いて生駒大祐さんの「いちにち」を紹介します。
http://weekly-haiku.blogspot.com/2011/10/2010_4379.html
生駒さんは「天為」所属。深夜句会や小諸日盛会にも参加されています。東大の理系の大学院生で現在は「週刊俳句」の編集にも参加されています。
湿り気の或る叙情で、情景を素直に詠まれた句に好感を持ちました。写生の目が非常に良いと思います。季題の雰囲気をぐっと引き出すことに長けています。
・やはらかな箱に収むる干鰈
・源流のおほきな魚や辛夷散る
・枇杷割れば種子あやまたず濡れてをり
・切先はさらに古りゆきあやめぐさ
・明後日のこと貼られある冷蔵庫
・にはとりの首見えてゐる障子かな
「や」の切れ字が多く、取り合わせが多いのですが、一寸その狙いが透けて見えすぎていたかもしれません。
3.小早川忠義「浅葱裏」
3人目は小早川忠義さんの「浅葱裏」。
http://weekly-haiku.blogspot.com/2011/10/2010_1567.html
小早川さんは「童子」に所属。一度、twitterの縁で池袋句会に来て頂いたことがあります。
短歌の世界でもご活躍されていて昨年第一歌集「シンデレラボーイなんかじゃない」を出版されています。
市井の人の生活を淡々と描いたような句に、独特の視点があり俳句の定型の力が生きていると思いました。
・人の輪にありて話さず枯葎
・かきまぜてをれば葛湯にとろみ立つ
・寒紅や夭折歌手の遺影濃く
・人日の素うどん温く喉に落つ
・小正月ミルクの缶に穴二つ
・北窓を開ければ月の淡くあり
一方表題句の「ひめ始め浅葱裏とは呼ばれずに」を初め、
「いかにして友とすべきか雪女郎」「寒卵煮え湯にそつと沈ませぬ」「涅槃図や仲の良き者ばかりなり」
などの句は多弁であり、作者の狙いが見えすぎてしまっており、読者として入込む余地が少なくなってしまっています。
〆

