月別アーカイブ: 2011年11月

小諸の俳句講座に伺いました。(英)

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隔月に一回の俳句講座が小諸の虚子記念館で開かれており、昨日は吟行日和の快晴でした。虚子の散歩道をたどり、ふと振り返ると北アルプスの連峰が雪化粧をして連なっていました。槍から穂高岳にかけてくっきりと望まれました。蛇堀川に沿って上ると昔の水車小屋の後がすっかり落ち葉に埋もれていました。講座の俳句会は参加者25名。皆さん熱心に俳句に取り組んでおられました。私のアドバイスは、早く上手くなろうとせずに自然に上手くなりましょう。その為には健康に留意して長生きなさること。

『スピカ』第1号_(杉原)

『スピカ』第1号

 

「スピカ」第1号

当コーナーでも何回か紹介させていただいている、インターネットサイト「spica」。その紙媒体としての雑誌が「スピカ」創刊号が発刊されました。「spica」は神野紗希、江渡華子、野口る理が3人で創刊、「俳句を読む」をコンセプトに若手俳人が積極的に連載、座談会などを通じて発言しています。

今回は、インターネットのサイトから飛び出し、紙媒体の形でまとまりました。巻頭に3人の作品も載っていますが、鑑賞、批評を中心とした構成であり読み応えがあり、同年代の面々が色色俳句に対する熱い思いや、それぞれの俳論が述べられており、肯う得る点疑問に思う点が多々あり、勉強になります。

特集は「男性俳句」。「ホトトギス」で虚子が設けた「台所俳句」なる発表欄に端を発してカテゴライズされてきた「女性俳句」と相対する存在として「男性俳句」について考えるというもので、「スピカ」の3名と男性俳人3名の座談会及び、女性俳人2名のそれが開かれていました。更にそれに加え若手の論者が執筆をしています。

ここら辺りの話題の設定の仕方は「さすが」と思わされます。テーマの設定から読者を引き込んでいく手法は非常に優れています。

今回の「男性俳句」(及びその対となる「女性俳句)に関する結論は、それぞれの生き様や感じ方など自由奔放に話が飛んでいき、論の方向性についてはっきりしなかったのが残念でした。

かなり近しい面々が賑やかに行う座談は、「spica」のネットサイトでも大変興味深いコンテンツですが、その接し方のまま紙媒体の「雑誌」上に出てくると、「緩く」感じられてしまうということがあると思います。

 

また、ネットサイトで連載されていたコンテンツの一部が雑誌でも紹介されており、こちらもネットの画面で読んでいたのと比べ、頭の入り方が妙に異なる点が分り面白かったです。

何れにせよ、我々の世代の俳人が一体どのようなことを考えているか、俯瞰するのに丁度良い一冊であるといえます。定価は500円、「spica」のHPから注文できます。

 

巻頭に置かれた3人の句から2句ずつ紹介します。

●江渡華子「けふもまた」

 よけられてパセリゆつくり渇きゆく

 暑中見舞たまりし女子寮のポスト

●神野紗希「先へ先へ」

 校舎光るプールに落ちてゆくときに

 蓮見舟ひとの記憶をゆくときに

●野口る理「みづいろ」

 黄のダリア髪結ふためのゴム咥へ

 見下してみづいろ多き避暑地かな

 

<spicaホームページ>

http://spica819.main.jp/spicabooks/spicabooks-vol1

潮風をほしいまゝなる昼寝かな 良 (泰三)

 お気に入りの手袋を片方落としてしまい、悲しくて仕方がない泰三です。皆さんいかがお過ごしですか。

 季題は昼寝で夏。虚子編新歳時記には、「夏期は夜が短いのみならず、暑さのために常に睡眠不足であるので、仕事に耐へ難い日中を利用して午睡をする人が多い」と解説される。

 しかしこの句の場合、仕事の合間と言うよりも海辺のバカンスといった様が私には想像される。なぜなら、「潮風をほしいまま」にしての昼寝だからである。作者は、日常の仕事の中にあっては、「権勢をほしいまま」にしているのかもしれない。もしくは年若い者であるならば、「権勢をほしいまま」にしている上司からいいようにこき使われているのかもしれない。いずれにしても、この句の中の人は、そんな日常から離れ、ゆったりとした時を過ごしているように思われる。

 潮風はもちろん無料。海辺にいる誰にでも平等に吹いてくる。しかし、作者は、その潮風を「他ならない自分がほしいまま」にしていると感じた。自然の中で俳句を詠んでいると、あたかも花は自分のために咲いてくれている、また雲は自分のために流れてくれているといった不思議な感覚に陥ることがある。そのような感覚を、さりげない口調で一句に仕上げた気持ちのよい句である。