主宰近詠」カテゴリーアーカイブ

主宰近詠(2023年6月号)

永久気管孔   本井 英


眩しさや虚子忌の朝を目覚めつつ

虚子忌またピカソ忌なりと知らざりき

また新たな癌との出会ひ春愁ひ

春愁の流動食よ嚥下食よ

良き患者たらんと暮らし春愁ひ

朝寝の吾を天井から見下ろせる吾

唄ふやうに語る看護婦春ふかし

遠足の今ちりぢりや由比ヶ浜

遠足のどの子も鳩サブレー提げて

遠足の班別行動片思ひ


遠足バス教頭先生人気なく

夏は来ぬのみどを抉り取りし身にも

明易の喀痰生きてある証し

明易の永久気管孔とは笑止

もどり得たりし我が庭や春ふかき

十薬の蕾つぶつぶ吾を迎へ

葉を分けて深窓の青梅となん

河骨の黄花に日向日影かな

河骨やお菓子のやうに黄をひらき

のどけしや我が終章の無言劇

主宰近詠(2023年5月号)

猫の恋路の        本井 英

雪壁 のゆがむと見えて雪崩れけり

身の内にひそむ病魔も春を待つ

養ひてあやふき病寒卵

春を待つ老に真っ赤なスニーカー

老いぬれば河津桜になじめざる

藪巻のがんじがらめは蘇鉄とて

転宅をしてバス停やいぬふぐり

おぎの屋の釜めしの釜いぬふぐり

靴形に沈み込む土犬ふぐり

犬ふぐりに目を置きしまま食つてをり


山茱萸の黄やほころぶとなけれども

山茱萸の枝にちらちら我の影

胸鰭で鯉のおしやべり寒も明け

虎御前の顔白し梅白し

さむざむと照らされてある踏絵かな

大磯を過ぐれば梅の車窓かな

あたたかや祈つてくるる人のゐて

お隣りはながらく空き家猫の恋

チーママの猫の恋路の物語

閑散と雪解雫や湯沢町

主宰近詠(2023年4月号)

襲はれし如くに        本井 英

迎春と左横書き宮の春

坪庭や福藁の香の充ちわたり

福藁や女将は父を知れるひと

いつの頃よりか姉にもお年玉

病める身を励まし寒に入らんとす

寒林を明るく載せて中洲かな

寒梅にぱちつと雨の当たるとき

前栽の茶畝に寒の雨やまず

涸池に降り込む雨のあからさま

冬の雨つひに欅の幹伝ひ


提灯の尻揺れやまず桜鍋

氷上に水の溜まりて景映す

声かはすなく寒林にすれちがひ

水鳥の水尾のめらめら〳〵す 

くづほれて褞袍のやうや枯葎

襲はれし如くに蒲の穂綿散る

身中にひそむ病魔も春を待つ

氷解けて池面ささやきそめにけり

丈とてもなく魁の犬ふぐり

落椿滑川へと水奔り

主宰近詠(2023年3月号)

主は来ませり      本井 英

島山にして絶海に眠るなる

深々と切通しあり山眠る

お薬師さま里へ下ろして山眠る

山眠れば歩荷仕事も無くなりて

炉話に指失ひし事故のこと

炉明りに膝逞しき娘かな

顔見世や昔は見えし男山

営林署の冷蔵庫より山鯨

大皿を覆ひて赤し牡丹肉

連れだつとなく離れざる鳰


鳰の目の冷淡さうに見ゆるとき

源流とて落葉の下の水の音

棕櫚の芽ぞ落葉畳を青く抽き

靴の腹で掻いて楽しき落葉かな

蜷擱坐したり冬日は天にあり

山雀の声の遠さよ枯木谷

鎌倉のほんに今年の冬紅葉

冬紅葉母の独りの墓に降る

蒲の穂は崩れほつれて戦ぐなる

主は来ませりと千両も万両も

主宰近詠(2023年2月号)

甘える鷹を   本井 英

鐘楼の画然とあり萩刈れば

萩の刈り口や楕円に真円に

三つありて一つ小さき柚釜かな

沼の冬せまる山とて無かりけり

さきがけの白鳥の胸うす汚れ

白鳥は胸まろやかに風に浮く

島宮へ橋の長さよ七五三

帯解の癇症なるは誰に似し

袴着の悪態つくがたのもしき

髪置のへらりへらりと笑ふばかり


柴漬に舷あさき小舟かな

一歩踏み出して鷹匠鷹放つ

餌合子の鳴ればたちまち鷹もどる

鷹匠や甘える鷹を甘えさせ

黄葉してなほも零余子をこぼさざる

森の冬かな雨音につつまれて

敷きつめし落葉に湛へ潦

小鳥どちちらちら渡る雨の枝

初鴨の相語るあり雨の糸

金魚なるかや翡翠の嘴に赤