季題は「春潮」。春らしい、柔らかな、ゆったりした潮である。「纜」は「ともづな」。本来なら「舳綱」の対立語として船尾に繋ぐ綱のはずであるが、現在では普通の「舫綱」との区別は無い。この句の場合でも船首を繋いでいた舫綱と考えた方が「景」は定まる。それほど大きな船ではあるまい。島へ渡る定期船くらいの船が埠頭を離れようとしている。桟橋の係員が、係船用のビットに潜らせてあったロープの「輪」をビットから抜いて、海へ放り込むと、船はゆっくり後進をかけながら岸壁を離れる。船は「春潮」に浮いている「舫ロープ」をゆっくり巻きとると、今度は大きくカーブを描きながら前進に転ずる。
そんなどこにでもある景色であるが、丁寧に「景」を描写したことで、青々とした「春潮」と係船ロープの太々とした「輪」、さらには「係船ロープ」を「はふる」動作までが目に浮かぶ。(本井 英)