夕菅に低く流れて湖の霧  山内裕子

 「夕菅」は「黄菅」とも呼ばれるユリ科の多年草。高原などに自生するが、いかにもロマンチックで夢見るような淡い黄色が印象的だ。たしか立原道造に「ゆうすげびと」という、いかにもナルシストが書いたような詩があった。さて一句は高原の夏の夕暮れであろう。あたかも「夕菅」がその名にふさわしく花開く時分。湖面にうっすらと漂い始めた「霧」が湖畔の野原へと流れはじめ、「夕菅」の黄色を隠しはじめたのである。一句の眼目は「低く流れて」のリアリズム。実際にそうだったのだと言ってしまえばそれまでだが、高原の「湖面」にうっすらと漂い始めた「霧」は、たとえば山の頂から勢いよく流れ下ってくる「山霧」とは趣を異にする。「山霧」に男性的な、あるいは野性的な勢いがあるとすれば、「湖の霧」には優しさ、あるいは女性的(この言い方は近年赦されなくなってきているが、あえて)な繊細さ、細やかさが感じられる。湖面に僅かばかり残る暮れ方の微光が夢のように眺められる。(本井 英)

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