北窓に一本桜絵のごとし   小山久米子

 季題は「桜」。「一本桜(ひともとざくら)」は、ぽつんと一本立っている櫻樹。「北窓」は「北側に向いた窓」の謂いには違いないが、俳人ならおそらく、「北窓塞ぐ」「北窓開く」という季題を連想し、この句の場合も、冬の間、風雪から暮らしを守るために、ずっと閉ざされていた「窓」を心に描くのが鑑賞の道筋であろう。そうなるとおそらく舞台は「北国」とか「山国」ではあるまいか、と空想が膨らんでくる。読者の中には「絵のごとし」の措辞に抵抗を覚える向きもあろう。「美しいもの」なら何でも「絵のごとし」と表現する常套手段が昔からあるからだ。しかし、この「絵のごとし」というのは、それとは違う。本当に展覧会かなにかで展示されている「絵」のようであった、というのである。光りの及ばない、やや暗目の部屋の「北窓」が、ちょうど額縁のように「横長」に切りとられていて、その画面の中の「野」には、南の方角から日をいっぱいに浴びた「一本桜」が翳りのない明るさで満開を誇っている。その明るさと、室内の薄暗さが見事なコントラストをなしている。さらに「北窓の」という言い回しもある中で、「北窓に」としたところも、一句の懐を広くしている。「に」としたことで、「一本桜」の後に、軽い「切れ」が生じていることに、気付いていただけるだろうか。その小さな「ポーズ」によって「絵のごとし」の意味も大きく拡がったのである。(本井 英)

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