課題句「咳」 原 三佳 選 看取りの娘咳こぼしつつ足早に 故岩本桂子 星きれいと戻りつ咳を二つ三つ 黒板を消し窓を閉め咳ひとつ 田中 香 咳ひとつ闇に吸はれてしまひけり 財前伸子 鉤の手に曲がりし書架の奥の咳 本井 英 老医師も患者も共に咳きにけり 近藤和男
課題句(2023年12月号)
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課題句「咳」 原 三佳 選 看取りの娘咳こぼしつつ足早に 故岩本桂子 星きれいと戻りつ咳を二つ三つ 黒板を消し窓を閉め咳ひとつ 田中 香 咳ひとつ闇に吸はれてしまひけり 財前伸子 鉤の手に曲がりし書架の奥の咳 本井 英 老医師も患者も共に咳きにけり 近藤和男
季題は「八月」。勿論新暦の「八月」であろう。筆者にも『八月』という句集があるが、八月の上旬には「立秋」という厳然たる「秋」の到来はあるものの、「暑さ」はますます猛威を奮う時節であり、さらに近代の日本人にとって決して忘れることのできない「広島」・「長崎」の原爆投下、さらには「終戦記念日」もある。あるいは本来なら「七月十五日」という日付けの「盆」も、さまざまの経緯から一ヵ月遅れの「八月十五日」を中心に執り行われるのが現実である。となれば彼岸の人達との交流もおよそこの頃のこと。そんな「含蓄」の深く籠められた「八月」に作者は「深き疲れ」に襲われ、「眼コ」を「閉じる」という情況にある、というのである。それ以上のことにこの句は触れていない。それが、どのような「疲れ」なのか、さらにはどのような「情況」によってもたらされたのか。一切不明である。しかし、その「深き疲れ」にじっと「眼コ」を「閉づ」状態の自らをじっと感じている作者本人の思いは、自ずから滲み出て来る。さらにそうした「思い」が自分だけのものでは無いのだということを、了解しての一句である。(本井 英)
八月や深き疲れに眼コ閉ぢ 児玉和子 八月の夢に逢ふ人みな故人 駒下駄や踊り疲れて戻り来し 路地路地を踊り流して夜明けまで 片陰より人の出て来る青信号 飯田美恵子 丸き背にふと触れてみし生身魂 田中 香 白芙蓉手入れ届きし資料館 江本由紀子 打水の旧道沿ひに質屋かな 冨田いづみ
隠さうべしや 本井 英 影躍るロールカーテン小鳥来る 河床の真闇をたどり鰻落つ 涯もなき旅路をかかへ鰻落つ 殺生の果ての旅路へ落鰻 戦没者墓苑の桜紅葉かな お塔婆を書くも日課や万年青の実 ひそひそと叔父の用談万年青の実 併走の列車の灯り秋の暮 この雨に傾がざるなき紫菀かな 本店の「すや」の二文字栗の秋
稻雀帳のやうに降りるとき ここいらに国府とてあり草紅葉 好き漢なるよ「懸巣」と綽名され 女郎蜘蛛揺られながらも躙るなく おとろひを隠さうべしや男郎花 浮かび飛ぶ蜂雀の吻見ゆるかな 虹の輪の大きく欠けてゐるあたり 朝虹や噴き出すやうに地より立ち 沖空のまたまツ黒や時雨れんと 穭びつしり足下より遥かまで