日別アーカイブ: 2019年10月5日

ひとり食めばさみしくなりぬさくらんぼ  天明さえ

 季題は「さくらんぼ」、「桜桃」である。虚子の〈茎右往左往菓子器のさくらんぼ〉は有名だが、「さくらんぼ」の実の大きさ、彩り、茎の長さと撓み、その全てを一枚のスケッチの中に収めて見事と言うほかに言葉がない。一方「桜桃」の語から太宰治の小説「桜桃」を心に思い描くと、「さくらんぼ」の対極にある「何とも言えない、生きること自体の悲しみ」がゆらゆらと立ち上ってくる。

 大きさと言い、色合いと言い、味わいと言い、愛されずにはいない「さくらんぼ」。それらを「手拍子」のように口に運んでは、種を吐き出す楽しい時間。二人で、三人で、四人で摘めば、会話も弾む。そして、つまり「ひとり食めば」・「さみしくなりぬ」は必然の結果なのであるが、誰の心の中にでもある、普段は気付かぬふりをして「跨いで」通る「心のクレバス」に落ち込んでしまったような時間がはっきり描かれていると思った。花鳥諷詠の俳句とは本人すら気付かぬうちに、恐ろしい真理を描くこともある。(本井 英)

雑詠(2019年10月号)

ひとり食めばさみしくなりぬさくらんぼ		天明さえ
亀の子の三角頭あさざ池
風光り先の先まで青信号
初夏の森かぐはしく匂ふかな
墨色をおびし白雲梅雨の晴
突兀として粧へる峰が古			藤永貴之
九輪より降り注ぐ風花楝			釜田眞吾 
急発進してあめんぼの弾き合ふ			前田なな
地下壕の門扉錆付き梅雨寒し			深瀬一舟
					

主宰近詠(2019年10月号)

小暗きに   本井 英


降りしぶき戦 梅雨とぞ申すべき

食べかけがあれこれ老の冷蔵庫

ヨーヨーの影箱釣の箱の底

箱釣の水ぶちまけて駐車場

箱釣の箱立てかけてありにけり



 跨ぎして雪渓の人となる

雪渓をしばらく泥の沓のあと

蹴りあげて午後の雪渓ほとびがち

飯田屋ののれん真白にどぜう鍋

どこまでも先達顔やどぜう鍋



楽しいことばかりの頃のどぜう鍋

夕方のバスで来し人月見草

月見草これも山中湖のはなし

林中に避暑地の中華料理店

起きあがる稽古しているヨットかな



 

こもろ・日盛俳句祭 五句

二の丸で見かけし日傘本丸に 雨止めばすぐ澄むといふ鮎の川 白波の嚙み合ふあたり鮎を釣る 囮鮎送り出すとき膝ゆるめ 小暗きに養はれあり囮鮎