月別アーカイブ: 2012年2月

花鳥諷詠ドリル ‐主宰の句評‐ 第7回 (平成17年2月18日 席題 梅・余寒)

ろうそくを立ててかまくら完成す

たしか去年の今頃、「かまくら」という席題で、皆さん作って、僕もかまくらの句で遊ばせていただいた記憶があるんですが、この句はこの句でよく出来てますね。しかも昔ながらに子供が作ったかまくらではなくって、観光協会とか、そんな町の大人が、いくつもいくつも作って、「さあ、これで出来上がりだ。」というところに、子供がやってきて、水神様を祀る。そんな感じがあって、大人の作った感じが、「かまくら完成す」というリズムですね。「ろうそくを立ててかまくらできあがる」とか「できあがり」というと、子供が作ったような感じがありますが、「完成す」と言われると、町の青年団かなにかが、子供に代わって作っているような、そんな感じがあって、面白いと思いました。

風止んで梅見日和と云ふべかり

これは実に俳句の骨法を心得た作り方。風がひゅーひゅー吹いているうちは、梅はきれいであるんだけれど、心が落ち着かなかった。昼頃から、風が止んでみたらば、マフラーが邪魔なくらいの感じがしてきた。「ああ、これが本当の梅見日和かしらね。梅にあっている。」ちょっと手前勝手な句ですけれどね。本当は寒いのが、梅見日和で、ほの暖かくなったら、花見日和みたいになるんですけれど、そこは人間の心理で、面白いと思いましたね。午前中の風のある時から、昼頃、ぱたっと風が止んだ、そのタイムスパンが見えてくる、そこが面白いと思いました。

梅見頃臨時改札山の駅

ようく目の届いた句でいいですね。梅の頃になって、ある山の駅に臨時改札ができる。普段の改札口は、集落の方に一つあるきり。上りで降りようが、下りで降りようが、一本のホームをずっと片方の方へ行って、そこから出る。梅林は丘がかった所にあって、梅林へ行くお客にとって、一旦、集落の方へ行って改札を通って、また道の方へ行くなんていやなこったというような人がたくさんいるんで、反対側の山の口あたりに臨時改札口を作って、電車が着く度に、駅員が出向いて、臨時改札をしておる。といったような、一年の間にせいぜい二週間位しかやらないんだけれど、村にとっても、その人にとっても年中行事みたいになっている。というようなことが、すべて見えてきて、いいですね。この句のよろしさは、ああだこうだと説明していない。見えたものだけを、材料をとんとんと列べて、今僕が解釈したような内容をきちんと伝えているという点で、上等な句だと思いました。

賛美歌も花も余寒の葬儀(はふり)かな

ちょうど寒が終わった頃というのは、病の人は一番亡くなりやすい。二月、八月が亡くなりやすい。寒があけたんだけれど、あいかわらず寒さが続いて、献花などを待っている人の裾のあたりがすーすーと寒いという感じかもしれません。

春は曙ガレのランプの琥珀色

この句は字余りをうまく使った句ですね。「春は曙」とわざと字余りにしておいて、勿論、枕の草子の世界を背景に置きながら、まったりとした、落ち着いた時間の中で、ガレの不思議なアールヌーボーの琥珀色の色合いと温かさを一句にしている。とにもかくにも、「春は曙」と初五を字余りにして、ところで私は、清少納言が見たら喜ぶかもしれないような、これを味わっております。という句で、これも、なかなか上等な句ですね。

花鳥諷詠ドリル ‐主宰の句評‐ 第6回 (平成17年2月18日 席題 梅・余寒)

靴揃へ脱ぎあり山の梅の茶屋

ちょっとごたごたしている。「山の梅の茶屋」のリズムがよくないんですけれど。梅見と花見の違いを、まずしっかり認識することで、梅見というのは花見より約一月早い分だけ、どこか寒々しかったり、着物の裾のあたりを風がひゅっと抜けるような。何か食べていても、落ち着いて酔っぱらうんではなくて、そそくさと引き揚げてしまう、そういう感じが、どこか梅見にはありますね。勿論、日暮れの時間も、梅見と花見では随分違うので、気分も大分違うんですね。そういうことをよく考えて梅見という句を作っていかないと、失敗してしまう。ちょっと寒々しい山の中腹に茶屋があって、そこに梅見客が来て、お行儀のいいお客さんで、ちゃんと靴が揃えて脱いであったというところに、静かな一時の一行の様子が見えてくると思いますね。ただ、冒頭に言ったように、「山の梅の茶屋」のリズムがすっきりとしていないうらみがあります。

白ブーツに素足の膝よ春隣

「春隣」は冬の季題です。「日脚伸ぶ」「待春」「春隣」とか、皆冬の季題です。まだ春になりきっていない、そろそろ春になるといいな、春が近いなという気分が「春隣」という季題です。「白ブーツに素足の膝よ」というのが、面白いですね。清潔な、健康な女の人の美しさ。美しいとも言えない、まだ子供のような膝小僧で、それが白いブーツをはいている。ファッションのこと、詳しくありませんが、ご婦人でも、白いブーツを履くのは、十代、せいぜい十六、七までくらい。そういうことを考えると、そんな感じの子の膝頭というものと、清々しいような、色気以前というような白さが見えて、面白いと思いました。

咲き初めし紅白梅や炭手前

ひじょうに仕上がりのよい句ですね。炭手前があって、雪見障子みたいなものがあるんでしょうかね。お茶室でなくて、お座敷みたいなところのお手前を想像したんですけれども。その庭先に紅白梅がもう咲き始めている。お客さまが、「もう梅が咲き始めましたね。」と言いながら、お手前が進んでいるという景色を想像させました。とにかく行儀がよくて、仕上がりがいい。これは一つの俳句ですね。新しく、新しくと思って、お行儀わるくしていく一派もいますけれど、それは違うんで、お行儀のいい方はお行儀のいい詠み方で、結構だと思いますね。

アパートに隣れる土手の草を焼く

面白いところを発見しました。本来なら、土手によって、田んぼか畑があった所に、無理矢理に町が広がってきて、アパートが建ってしまった。本当ならば、土手の方が主人公なのに、アパートの住人が「煙って匂いがついちゃうわ。」というような顔をして、見下ろしている人もいる。といった、新興の近郊ベッドタウンの一角。ぼつぼつとお百姓も住んでいるという景色も見えてきて、面白いと思いますね。

どつと客降りて下曾我梅の里

「下曾我梅の里」というのがしつこいようで、採らなかった人がいるかもしれないけれど、逆にこのことばにかけた感じが、あるリズム感を作っていると思いますね。「曾我神社曾我村役場梅の里」という高浜虚子の句がありましたね。曾我というのは小田原の近くで、大変地味な梅の里です。実梅を育てているところですから、熱海の梅林とか近年はやりの湯河原の梅林とかとは、違う感じがしますね。

「夏潮 第零句集シリーズ Vol.6」 石本美穂『ラウンドアバウト』

「夏潮 第零句集シリーズ Vol.6」 石本美穂『ラウンドアバウト』

 「夏潮第零句集シリーズ」。第6号は石本美穂さん。

美穂さんは、昭和四十一年生れ。昭和六十年に慶應義塾大学俳句研究会に入会し、本井英に師事。現在編集委員として原稿依頼などを担当して頂き、毎月の「夏潮」の発行に欠かせない一人である。

句集名の「ラウンドアバウト」は、環状交差点のことで、「回り道」の意味もある。「早朝のラウンドアバウト旅の秋 美穂」と言う一句が集中に収められている。

大学卒業後、就職、ご結婚を経て一時俳句から遠ざかった時期もあったと思量するが、現在は俳句と季題がしっかりと生活の一部になっていらっしゃるであろうことが、この句集を読んで理解できる。

美穂さんの俳句はとにかく「素直」。奇を衒ったり派手な言葉を使うのではなく、ご自分が見られたこと、感じられた事柄を素直に詠っている。その結果、読者の心深くに美穂さんの俳句が染み渡っていく。俳句は饒舌より寡黙な文学である。

 

気になる点は、詠まれている季題が少なく「小春」のように百句の中に何句も続けて出てきてしまっている点であろう。忙しい日常の中で、俳句モードになれる時間が限られているとは思うが、句の幅、美穂さんの優しくも鋭い感性を活かすためにも、作家として意識的に句の幅を広げて頂きたい。

 

二日には二日の人出ありにけり 美穂

 季題は「二日」。正月二日のことである。この句は何も言っていない。しかし、その前後に大晦日、元日、三日、御用始など、毎日が季題となる得意な「ハレ」の日々の様子が浮んでくる。

二日には二日の特徴がある。スポーツの世界では、二日にはラグビーの大学選手権準決勝や、箱根駅伝は往路が開催される。元日のサッカー天皇杯決勝や三日の箱根駅伝復路とも違う、雰囲気である。

 そのような「二日」に作者は町に出た。思いのほかの人出があった。その人出は正月の雰囲気を持った人と既に「ケ」に戻りつつある人がいたのだろう。何もいわずに世界を広がっていく佳句。

 

海女道具整へてをる男かな 美穂

 美穂さんは「夏潮」創刊に前後するように、ご主人の転勤に伴い奈良へ数年間御住まいになられていた。それを機に、より俳句に本格的に取り組まれることとなった。この句は、奈良に御住まいの頃、福岡の藤永さんと下名と三名で伊勢志摩を吟行したときの収穫の一句だろう。

 季題は「海女」。句意は一読明瞭。面白さは下五の「男かな」という、切れ字の使い方。

これだけで、強い「妻」と頼りない「夫」の暮らしが見えてくる。それを「哀れ」とも思わず、淡々と妻の海女道具を準備している「男」。その風景をしっかりと描写することで普遍的広がりのある一句に仕上がった。

 

 

『ラウンドアバウト』抄 (杉原祐之選)

ぴんと張り糊の匂ひのうちはかな

どんぐりを握つてをれば暖かし

蜜柑々々と声出しながら蜜柑剥く

天気図は西高東低毛糸編む

賑はひて二日の中華料理店

手を頬に弥勒菩薩や春を待つ

春潮の引きたる浜の砂固く

鹿どちの尻の並びて草青む

ドロップを散らせる如く秋桜

ぼつてりと革手袋の置かれある

 

 

(杉原祐之 記)


関係ブログ

俳諧師前北かおる

http://maekitakaoru.blog100.fc2.com/blog-entry-818.html

『ラウンドアバウト』 石本美穂第零句集を読む (泰三)

 

 


石本美穂さんへインタビューしました。

石本美穂さん

Q:100句の内、ご自分にとって渾身の一句
A:御影堂の屋根は緩やか春浅し
Q:100句まとめた後、次のステージへ向けての意気込み。
A:もっと句会に出ること、に尽きます。
Q:100句まとめた感想を一句で。
A:早春の風はたしかに香りけり

 

 

水引のもつれやすくてとけにくく 桂子  (泰三)

 新年会では、娘発熱のため、宴会に出られず誠に残念な思いをしました泰三です。まだまだ寒い日が続いておりまして油断大敵ですね。皆さんはいかがお過ごしですか。

 季題は、「水引」で秋。すういと伸びた茎にぽつぽつと紅色の花がついている。その花のおかげでこの句に言われいる通り、お互いもつれ合ったりしている。引き離そうとしても、花が引っかかり、まことにとけにくい。生け花か何かしているのだろうか。思い通りにならない「水引」が何ともいとおしい。