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岸壁にふるるともなく水母群れ 田島照子

 季題は「水母」、「海月」とも書く。海の岸壁近い辺りに「水母」がたくさん屯しているのである。「水母」はただ、無為に浮かんでいるように見えるが、傘を開閉することで多少の移動はできる。それでもどういう訳か岸壁近くに寄り集まって、うねりにともなって上下しているのである。うっかりすると岸壁に触れて擦過しそうなものだが、決してそんな失敗はしないで漂っている。「水母」は『古事記』に既に「くらげなす、ただよへるとき」とあるように、人々の暮らしに間近なものであったに違いない。

 中七の「ふるるともなく」の言い回しと、韻律が絶妙で、平仮名七文字のひとつひとつまでが、どことなく水母に見えてくるから不思議である。「諷詠」とはこうしたものであろう。(本井 英)

主宰近詠(2016年11月)


太りひつつき 本井 英

こもろ・日盛俳句祭


虚子庵に回さずにある扇風機

清潔に古りゆく畳庵涼し

汗の玉太りひつつき流れたり

黒揚羽蜜を吸ふ間も翅ゆすり

本家長塀分家長塀日の盛り



色白は七難かくす水著かな

炎天を一目散の雀蜂

蜩や村を離るる森の道

蜩の響動す広さすべて寺領

養鱒池通年十度澄み渡り



虹鱒の虹美しや水も澄み

おひろひの帰りは近し夏蕨

蟬声も谿狭まればいよよ濃く

草刈機唸りチャリンと音こぼし

凌霄花残んの(アケ)をふりしぼり



ほのと顕つ獣の匂い藪茗荷

岸釣の浮子の小さきが玄人めき

合鴨の翼が育ち稲が熟れ

ここの空にまだ用のある秋燕

千屈菜のその色ながら尽れそむ

主宰近詠(2016年10月)


病ひあるか   本井 英

その白のいとけなきかな菱の花

三日目の四日目の紅蓮の花

蘆原をこまかく移り行々子

恋みくじ子供みくじも宮の夏

白南風に槙垣高き安房の町



夏暖簾分けながらはや笑まひをり

どぜう鍋年かさらしく振る舞ひて

土用芽のひとつ許さずご本山

オープン・キャンパス緑蔭もまたよろし

オープン・キャンパス学食も冷房で



朝虹やライフ・ガードがはや浜に

フラダンス・ショー再開や虹も立ち

茶畑に刺さつてをりぬ虹の脚

虹の脚あたりの屋並み虹に染まり

嵌めこまれ蟬の眉間にルビーめき



山梔子の実の真緑のよそよそし

にいにい蟬抑揚なきが疎ましや

牛蛙忘れてくれなとも聞こゆ

無患子の青き実落つは病ひあるか

指すこし沈む完熟トマトかな

主宰近詠(2016年9月)


背は背腹は腹  本井 英

藻刈舟足の踏み場も無くなりし

藻を刈るや江戸に通じてゐし頃も

春蟬のにはかに近し女松原

松蟬を瞑り聴けば身ぞ浮かぶ

木斛は和庭の主つぼみ(サワ)



碧々と十尋を湛へ鯵の潮

追ひ喰ひの魚信楽しや鯵の竿

目玉白く煮鯵の汁に沈みたる

螢もう出ましたと茶園の主

螢狩谷ふかければ闇さらに



夏の柳に軽き風重き風

くぐりたる茅の輪の影はほぼ真下

空梅雨に巫女らけらけら楽しさう

釣堀やにこりともせず釣りあげし

梅天の明るくなればすぐに蒸す



蛇の衣なが〳〵背は背腹は腹

気動車の匂ひたのもし野は茂り

鯉の緋の滲みて消えて梅雨の川

半夏生の白ひろごるは病むごとし

河骨の蕾こつんと葉の真裏

主宰近詠(2016年8月)


磧にも轍にも  本井 英

昼顔や網小屋ひとつ轆轤ひとつ

青葉潮くつがへるなく湾に充ち

ひいひやうと唄ふ磯鵯青葉潮

島茂るかな磯原のうちかこみ

初夏の軽やかさとはモーツアルト




ここらより川は急がず麦の秋

釣られきて猛る岩魚や腹黄なり

鼈の目鼻浮かびて水涼し

小判草色いたらねどそのかたち

村の背を走る用水杉落葉




軽トラがやつと通れる杉落葉

白牡丹ほぐれやすらふ朝かな

古鎌や蕗刈るほどにほとびゆく

母の日を待つたり待たれたりの頃

緑蔭に整列お弁当済めば




あぢさゐの白に一刷毛づつの青
 
逸るなき夏鶯の間合ひかな

うちまじり茂れるものに吾亦紅

畔塗機で塗つて仕上げは鎌でする

アカシアが散る磧にも轍にも