やはらかに身をすり合はす鯉幟 櫻井茂之 大皿の中を蠅虎這へる 和菓子屋の波打つ玻璃戸粽買ふ 卯の花や水源近きさゝ流れ 菜の花の向かうに富士の頭かな 金子千鶴 初夢の野にすれ違ふ夫若し 前田なな 駅に集合口々に御慶述ぶ 児玉和子 寒紅を直し米寿のコンパクト 岩本桂子
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やはらかに身をすり合はす鯉幟 櫻井茂之
季題は「鯉幟」、傍題に「五月鯉」もある。「鯉幟」と聞いてすぐに頭に浮かぶのは広重の浮世絵「水道橋駿河台」。江戸百景の一だが、神田駿河台の高台から富士山の方を見た構図に、大きな真鯉の「鯉幟」がゆったりと身をくねらせている。往時、武家では唯の「幟」ばかりであったのに、町家では「鯉」が考案され大いに持て囃されたという。ところで、その悠々たる泳ぎ振りの善し悪しは素材次第。往時のことは判らないが、現在はナイロン・タフタ、ナイロン・サテン、ポリエステル・サテンなどなど。大きな鯉幟がゆったりと、自らの身を「すり合はせ」(現実の鯉ではあり得ないのであるが)て風に遊ぶ様は、見ているものの心を豊かにしてくれる。
一句の手柄は、その「すり合はす」の措辞。「鯉幟」の布地が触れ合って、若干の摩擦を起こしながら、風の圧力によって形を変えてゆくようすを見事に捉えている。(本井 英)
雑詠(2016年4月号)
平野まで迷ひ出でたる冬の雲 小沢藪柑子 里山の地肌の見ゆる冬木立 楮蒸しながら限界集落と 短日やぱたんと閉まる改札機 年内の通院終り日記買ふ 町田 良 自転車に跨がりしまゝ花下にあり 藤永貴之 駒形橋大きくかかり街師走 冨田いづみ 二の的とある参道の紅椿 岩本桂子
平野まで迷ひ出でたる冬の雲 小沢藪柑子
季題は「冬の雲」。俳句では「春の雲」を柔らかい感じ、「夏の雲」をモクモクと力強い感じ、「秋の雲」をサラッとして軽い感じ、「冬の雲」を沈痛で暗い感じ、として捉える「約束」がある。しかし、必ずしも四季の雲の「実体」が、常にそのようにあるわけでもなく、それらは日本人の感性の中で永い間培われた「らしさ」への安心感とも言える。俳句はその「安心感」の中で詠まれ、享受される場合が多いが、「写生の目」がその「馴れ合い」に意義を申し立てて、現実の「ある姿」を提示し読者の耳目を驚かす場合も少なからずある。この二つの立場はどちらも大切で、片方だけになった瞬間に「俳句」は、その文芸的価値を失う。二つの異なる「生地」をタックしながら縫い合わせて行く作業を「俳句」と呼んでもよいだろう。
さて掲出句。「平野まで迷ひ出」た雲が、それまで山岳地帯の上空を進んで来たことは、言外に明示されている。その「雲」は前述したような「沈痛で暗い感じ」のそれではない。その点、日本の詩歌の世界が暗黙の了解として共有していた「冬の雲」とは異なる。では現実的ではないか、と言えば、逆である。これほど「現実的」で「ありそう」な景も珍しい。しかも「迷い」の語の持つ、不安定さ、自信の無さは、この景を確かなものにしている。
つまりは「時雨雲」の実景を詠んだに違いないのである。西高東低の冬型気圧配置の中で、日本海から列島に押し寄せた雲が、脊梁山脈にあたって雪や雨を降らす。遮る山が高い場合は、水分のすべてを雪と雨をして放出した「風」が、太平洋側へ吹き下ろす。例えば関東地方の空っ風である。ところが遮る山が低いと、湿った雲は、だらだらと雨を零しながら南下。京都北山辺りにちょうどよく「時雨」をもたらす。〈翠黛の時雨いよいよ華やかに 素十〉である。雲は随分薄く、衰えているので「日差し」さえ洩らす。
その「雲」が、京都の南方にさしかかった状態が掲出句である。下五は「時雨雲」であるほうが、判り易いが、敢えて「冬の雲」と、意表を突いたところに作者なりの狙いがあったのであろう。(本井 英)
雑詠(2016年3月号)
鴨の群投網のごとく着水す 山本道子 銀色の朝の水に鴨浮寝 小流れに歩幅の土橋杜鵑草 ホームより鴟尾の見えをり紅葉山 捕らへられ撲たるる鮭を目のあたり 高瀬竟二 卵よりしばし離れずいぼむしり 藤田千秋 亥の子餅楕円形して同じ向き 小沢藪柑子 客仏は客仏のまま笹鳴ける 中島富美子