やはらかに身をすり合はす鯉幟    櫻井茂之

 季題は「鯉幟」、傍題に「五月鯉」もある。「鯉幟」と聞いてすぐに頭に浮かぶのは広重の浮世絵「水道橋駿河台」。江戸百景の一だが、神田駿河台の高台から富士山の方を見た構図に、大きな真鯉の「鯉幟」がゆったりと身をくねらせている。往時、武家では唯の「幟」ばかりであったのに、町家では「鯉」が考案され大いに持て囃されたという。ところで、その悠々たる泳ぎ振りの善し悪しは素材次第。往時のことは判らないが、現在はナイロン・タフタ、ナイロン・サテン、ポリエステル・サテンなどなど。大きな鯉幟がゆったりと、自らの身を「すり合はせ」(現実の鯉ではあり得ないのであるが)て風に遊ぶ様は、見ているものの心を豊かにしてくれる。

 一句の手柄は、その「すり合はす」の措辞。「鯉幟」の布地が触れ合って、若干の摩擦を起こしながら、風の圧力によって形を変えてゆくようすを見事に捉えている。(本井 英)

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