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主宰近詠(2025年3月号)

稽古会   本井 英

亡き人に待たるる思ひ去年今年

山裾に灯はありながら初明り

沖雲を脱ぎ捨て燦と初日かな

一湾に充ちわたりたる初日影

声失ひ笑顔ばかりの御慶われ

雪雫したたり止まず弓始

句に対す即ち仕事始めかな

思はずも更けまさりをり歌留多の夜

   (夏潮稽古会 名古屋 九句)    
焦げ色となり果て銀杏落葉たり

動く鴨動かざる鴨陣のうち


      (醒ヶ井)
竹林の(コウベ)垂るるも雪景色

梅花藻のなほ咲きをるに六花

      (桑名)
万太郎句碑の細字も春を待つ

釣堀に日脚伸ぶよと居並べる

きゆるきゆると目白来てゐる枇杷の花

     (常滑)
葛枯れて捨て陶の山あからさま

泉囁けば笹鳴和すごとし

寒林に絡みのたうち藤の蔓

水鳥の糞りたる白きもの浮かぶ

プードルのやうに呆けて蒲の絮

課題句(2025年2月号)

「余寒」            町田 良 選

戦争を終はらせられぬ余寒かな		馬場紘二
浴槽で髭剃つてゐる余寒かな

余寒かな学童疎開祖母と居て		礒貝三枝子
就職と引越迫る余寒かな		前北かおる
塗椀を仕舞ふ土蔵の余寒かな		梅岡礼子
調律の響くホールの余寒かな		財前伸子

鶏にパッと点りし一戸かな 藤永貴之

 季題は「初鶏」。『虚子編新歳時記』の解説は「元日、黎明に聞く鶏鳴である。」と素っ気ない。この「素っ気なさ」の背景にあるのは、「鶏鳴」が「時」を知らせるという古代からの生活感が、昭和の初年には未だ人々に共有されていたからである。現代のように人口の殆どが都市生活者に数えられる時代となると、「鶏鳴」イコール「時刻の目安」という時代感覚と、人々の暮らしから解き明かさなければならなくなる。例えば筆者が育った戦争直後の鎌倉などでは、未だ「鶏」を飼う家もあって、東の空が白む時刻には、必ず「コケコッコー」が聞こえたものであった。そんな時代に思いを馳せて一句を味わうと景がありありと浮かび上がってくる。さらには如何にも待ちかねた「元朝」を迎えた人々の心の内までが。(本井 英)

雑詠(2025年2月号)

初鶏にパッと点りし一戸かな		藤永貴之
星や惜し霜や惜し年明けそむる
山裾と山裾のあひ初茜
霜の野にさしわたりたる初日かな

皂角子の莢を伝ひて雨雫		山内裕子
長き夜や目藥六本チェスの如		礒貝三枝子
木犀の葉軸を守るやうに咲き		宇佐美美紀
寒鰤のつける醬油を弾きけり		山口照男

主宰近詠(2025年2月号)

記念写真も   本井 英

三連符なしたり烏瓜真っ赤

蕎麦搔を雨の無聊に作らんか

日向ぼこ進行中の病ひなく

川風のたゆむ辺りの浮寝かな

屯してをれどてんでんヒドリガモ

花瓶立てしやうに白鷺川の冬

牡蠣船の急階段の手摺かな

牡蠣船の障子が開いて閉じにけり

ジーナといふ娘の話ペチカ燃ゆ

藁仕事足の指にも役のある


日帰り湯とて繁盛や年木積む

広尾とはポインセチアの似合ふ町

海桐の実割れて内蔵あからさま

痩せてゆく高麗山あとは眠るばかり

枝の目白仔細は見えず色ばかり

短日の青鷺糞りて無表情

冬日燦出窓の猫がこちら見て

老いてなほ落葉溜りを蹴る楽し

蕪村忌の記念写真もこと古れる