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夏燕数をふやして高く低く   山口佳子

 季題は「夏燕」、といっても『ホトトギス 新歳時記』では、「燕の子」が親見出し。傍題として「親燕」があるばかりである。「夏燕」も傍題としてあって然るべしとは思うが、虚子編『新歳時記』以来、その辺りはあえて緩く扱っている。何故なら「歳時記」はある意味では「目安」、決して「バイブル」ではないからである。近年俳句の世界では何によらず厳密・厳格が流行っているようだが、もう少し「ゆったり」構えた方が文芸としては「楽しい」。

 さて春、南の国から飛来して、わが町を住み処と定めた「燕たち」。梅雨が明ける頃ともなると少々数が増えたようにも思える、というのである。頭で考えれば、当たり前で、燕達はせっせと営巣し子燕を生み、それを二度三度と繰り返す。そこを理屈でなく、実感として、目に映る映像として「数をふやして」と感じたのである。「高く低く」といった表現で実感が裏打ちされている。(本井 英)

雑詠(2019年11月号)

夏燕数をふやして高く低く		山口佳子
満月の光は散らず梅雨最中
手水舎の水のかかれる藪萱草
早々に植田の底にうごくもの
ホームに聞く「希望の轍」梅雨明くる	御厨早苗
百円玉ことりと落ちて胡瓜買ふ		原 昌平
浮かみたる大敷網に夏の雨		原 昇平
瀬戸物を商ひてをり土間涼し		近藤作子

主宰近詠(2019年11月号)

花野にあり 本井 英

片陰に踏み込めば風流れをり

法師蟬の声調にある折り返し

青ければ青を誇りて金鈴子

藻の花や養鱒場に棲む家族

見えてゐて小鯊ぞすばしこかりける



   

石ノ湯稽古会 十五句

鮠涼し流れてはまた遡り 作り滝聞いてをるなり訃音胸に すでにして地啼にもどり露葎 生きてゐるだけで(オン)の字この花野 乱雑にして虎杖の花盛り




日が射せば木道秋のぬくもりに

竜胆の想ひ出どれも我若き

懸巣かしまし枝うつり樹をうつり

餌を追うて岩魚が走り下るとき

花野囲みて熊・羚羊の棲める森




岩魚沢とは水落とし水落とし

花野にあり(ハフリ)に参じ得ぬままに

羚羊の声のヒューンと露けしや

熊笹は硯のごとく露を溜め

水澄めば(アケ)を帯びたり鮠の鰭

課題句(2019年10月号)

「鹿」			青木百舌鳥 選

鹿の目の空を映してたぢろがず		岩本桂子
一声の鹿をききたる旅なりし
おもむろに鹿立ち上がり杣も亦		藤永貴之
指させるなぞへに鹿の蹄痕		山本道子
参詣のまへにしりへに朝の鹿		磯田和子
路肩から小鹿つぎつぎ現るる		小沢藪柑子