投稿者「管理人」のアーカイブ

主宰近詠(2020念8月号)

英傑のあり  本井英

定期便着きたる島も夏立てる

桐の花散れる音とてありにけり

にはたづみ乾きしあたり桐落花

八箇ぴつたりお持たせの柏餅

ほとりほとり花降らするは禅寺丸




黄菖蒲の黄の気の置けぬ黄なりけり

をとつひの夜中の今朝のほととぎす

漁港より葉桜の道丘へ伸び

楠若葉湧いておでこがくつつきさう

鱚釣のボート随分沖に浮く




蛸壺の紐ごはごはや波止薄暑

青葉潮沖の生簀は八角形

青葉潮敷く洗岩に暗岩に

青葉潮を小さく切りとり船溜り

浜大根の実とはどこやら丁呂木(チヨロギ)めき




船虫や評定もなく集ひ散り

遁走の船虫様子見の船虫も

船虫に英傑のあり凡夫あり

横転の海月やさらに反転す

港内の夏潮に棲むソラスズメ

課題句(2020年7月号)

課題句「トマト」       藤野 澪 選

とりどりの色かたちしてみなトマト		天明さえ
もてなしの盥に冷やすトマトかな
初なりのトマト大きくいびつかな		武田きよみ
濡縁に一気に喰らふトマトかな		田中温子
葉の枯れて実の赤残るトマト畑		磯田和子
蔕つまみ口に入れたるプチトマト		永田泰三

伝へばや二人の桜咲き初むと 牧野伴枝

 季題は「桜」。一句の鑑賞のポイントは「二人の桜」。「二人で買った桜」、「二人で植えた桜」、「二人の想い出の桜」などなど。解釈はさまざま。ともかく「二人の桜」と言うだけで、少なくとも当の「二人」には判る「そんな桜」があるのだ。ちょっと「甘い」表現なので、他人様には聞かせられないが、毎年その時期になると「二人」はその桜の咲くことが、何よりも楽しみだったのだろう。「伝へばや」は「伝えたいものだ」の謂い。ということは「二人」のうちの「一人(すなわち相手)」は、今「二人の桜」の咲いていることを知らずにいるということになる。そして「その人」がとても遠くにいるらしいこと、現代的に喩えるならスマホで撮った画像さえ届かない「遠隔の地」にいるのではないかとの解釈が自ずから見えてくる。「幽明境を異にする」とも言う。筆者に〈笹子来てをるよと告げむ人もがな〉という句がある。何かにつけて「思い出す」という辛い日々とお察しする。(本井 英)