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おでん屋にゐるかと見ればをりにけり  児玉和子

 季題は「おでん」。季題に関して「厳密」を旨とするという立場を表明している人々なら、「おでん屋」は一年中「おでん屋」で、真夏でも「おでん」を売っているのだから季題にはならないのだ、と宣うのであろうが、一句中に他に季題になると思われる言葉がないのだから、一句の季題は「おでん」で季節は「冬」となるのである。 これで何の問題もない。例えばこれが「おでん屋の客無きときの扇風機」というのであれば、これは「扇風機」が季題で、夏の句となる。こちらはこれで何の問題もない。

 さて一句は誰かを探して夜の巷を訪ね回って居る人物が主人公。探されているのは友人か、仕事仲間か、はたまた家族か。ともかく食事をしているであろうからと、心当たりを探していたのではなく、一杯吞んでいるに違いないと思って、見当をつけて探し当てたのである。そんな「見当」で当たるということは、新宿とか渋谷とかいう繁華街では無く、もう少し狭い範囲の、選択肢の少ない「盛り場」らしい。どこか鉄道沿線の、少々の飲み屋街のある町。「どうせ、どこかで飲み始めていることだろうよ」てな見当で「おでん屋」の縄のれんを跳ね上げて、ガラリと戸を開けてみると案の定カウンターに猫背になってちびちびやっている「尋ね人」を見つけたところである。

 一句の良い所は、いかにも「軽い」内容を、いかにも「軽い」リズム感のなかに貼り付けたところ。深遠な「文学」というのではないが、この場面に到るまでの人間模様などを穿鑿してみると、「おでん屋」の縄のれんにいたるまでの、小寒い「北風」の様子だけでなく、文学以前のような「心の行き違い」などまで見えてこよう。(本井 英)

雑詠(2022年4月号)

おでん屋にゐるかと見ればをりにけり		児玉和子
白湯吞んで老いにけらしな年送る
一病が二病となりて年の行く
大寺の 欄 (オバシマ)に倚り年惜む
街師走舟和にあんこ玉買うて

風待の花筏とぞ申すべき			藤永貴之
雪まみれの犬のごとくに気動車来		稲垣秀俊
年行くや今日一日と生きてきて			山内裕子
何もかものつぺらぼうに年流る			天明さえ

主宰近詠(2022年4月号)

父の代の   本井 英

父の代の松飾には如かざれど

食積が卓の真中にそびえたり

食積をのぞきに来ては子供たち

遠来の孫娘より屠蘇を酌む

賀状なほ四半世紀を会はざるに



宝引の緒の這つてゐる疊かな

綱引やちらちら白いものも舞ひ

墓地通り抜けて七福詣かな

福詣とよ寺町に人通り

韋駄天は福神ならね詣でけり



初場所の向正面なる女

素手の子の一人まじれる雪まろげ

冬ざれて一花とてなき母の墓

枯葎襖なしたり滑川

川床を拾ひ歩きや寒最中



寒鯉の影寒鯉の腹の下

寒肥やいちいち話しかけながら

路地に日のあふれ果して寒梅も

春を待つべし池に棲み川に棲み

難題をかかへ込みつつ春を待つ

課題句(2022年3月号)

「鳥帰る」   藤森 荘吉 選

鳥帰る空の先にも空のある		小沢藪柑子
よく晴れた空を選んで鳥帰る
鳥帰るもう暮れかけてゐる空を

世界一大きな機体鳥曇		前北かおる
鳥帰る船荷あらかた積み終へて		梅岡礼子
我の立つ岬の先に鳥帰る		永田泰三
リハビリの背筋伸ばせば鳥帰る		関口直義

返納を前にドライブ暮の秋  田中幸子

 季題は「暮の秋」。「秋」の末頃という意味で、「秋の暮」とは違う。「返納」、これだけではさまざまの場合があって、不分明の謗りを免れないようにも見えるが、「ドライブ」という言葉から、近年話題となっている、「高齢者」による「自動車運転免許証」の「自主返納」のことであるらしいことは凡そ見当がつく。読み手が「多分そんなことであろう」と、ある程度の自信をもって想像できたら、それで良い。「返納」という言葉自体は、さまざまな場面で使用されるであろう。だから「いや、こんな場合だってあるだろう」、「こんな可能性だって否定出来ない」などとマイナスの可能性を云々する読者は、俳句には向いていない。「俳句」は出来るだけ「善意」をもって接するべきものだからである。

 さてハンドルを握っているのは作者でも構わないが、場面としては、それなりにお年を召した男性であって欲しい。

 助手席には当然のようにその「細君」。さまざまの判断があって、いよいよ明日には「免許証」を返納することとなって、最後の「ドライブ」に出掛けたのだ。行く先は「箱根」とか「日光」とか。もしかしたら、二人がまだ一緒に暮らすようになる前に訪れた景勝地かも知れない。あれから何十年経ったのだろう。「あのドライブの日」には錦繍を綴るようだった「紅葉」も、今日はすっかり色褪せて、「冬」がもうそこまで来ている。「ああ、時はこうして……」と思わずにはいられない作者の心の裡が厭というほど判る。(本井 英)