返納を前にドライブ暮の秋  田中幸子

 季題は「暮の秋」。「秋」の末頃という意味で、「秋の暮」とは違う。「返納」、これだけではさまざまの場合があって、不分明の謗りを免れないようにも見えるが、「ドライブ」という言葉から、近年話題となっている、「高齢者」による「自動車運転免許証」の「自主返納」のことであるらしいことは凡そ見当がつく。読み手が「多分そんなことであろう」と、ある程度の自信をもって想像できたら、それで良い。「返納」という言葉自体は、さまざまな場面で使用されるであろう。だから「いや、こんな場合だってあるだろう」、「こんな可能性だって否定出来ない」などとマイナスの可能性を云々する読者は、俳句には向いていない。「俳句」は出来るだけ「善意」をもって接するべきものだからである。

 さてハンドルを握っているのは作者でも構わないが、場面としては、それなりにお年を召した男性であって欲しい。

 助手席には当然のようにその「細君」。さまざまの判断があって、いよいよ明日には「免許証」を返納することとなって、最後の「ドライブ」に出掛けたのだ。行く先は「箱根」とか「日光」とか。もしかしたら、二人がまだ一緒に暮らすようになる前に訪れた景勝地かも知れない。あれから何十年経ったのだろう。「あのドライブの日」には錦繍を綴るようだった「紅葉」も、今日はすっかり色褪せて、「冬」がもうそこまで来ている。「ああ、時はこうして……」と思わずにはいられない作者の心の裡が厭というほど判る。(本井 英)

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