投稿者「管理人」のアーカイブ

主宰近詠(2022年8月号)

草の底   本井 英

青鳩の旋回したり潮干岩

磯遊のお襁褓ほとびて垂るるかな

赤といふ色のかげろひ先帝祭

一望の卯浪お座敷列車より

橋薄暑脱ぎたるものを腰に巻き



深閑とグループホーム立葵

仰ぎつつ雲のまぶしき花楝

栴檀の花のほとりの登城道

遠ざかるほどに華やぎ花楝

宮若葉と背中合はせに寺若葉



剝ける葉の破けてしまひ柏餅

竹落葉に追ひぬかれたる竹落葉

また一つ繰り出して来し竹落葉

かなへびの背中葉蔭が揺れてゐる

かなへびのぽろりと堕ちし草の底

句碑にまじり墓碑も幾つか庵の梅雨



   湖北四句
井戸曲輪水櫓とて風薫る

河骨の黄をとらへたり双眼鏡

余呉駅が遠くに見ゆる牛蛙

霧雨ややさしき色に麦熟れて

課題句(2022年7月号)

課題句「ハンカチ」 今井舞々 選

差し出せるハンカチーフを借りまどふ	岩本桂子
ハンカチや恋の手段の一番手		田口松柏
ハンカチを差し出す男受く女		根岸美紀子
ハンカチをそつと差し出す人のゐて	岡部健二
さりげなく出すハンカチの所作に惚れ	園部光代

後手に長き梶棒春潮へ   柳沢木菟

 季題は「春潮」。天候によって、また地方によってもさまざまではあるが、何となく穏やかな、それでいて力強い海原が脳裏に浮かぶ。「梶棒」は舟の場合は「舵」を操るための「棒」。つまり板状の「ラダー」に取り付けた棒状の「ティラー」である。長い方が「梃子の原理」で力は軽くて済むが、操作範囲は広くなる。そして「舵」は概ね船尾に付いているから「後手」で操作しなければ、進行方向への注視は出来ない。

 と、ここまで句解をしてきて、この句が実に無駄なく、無理なく「ある動的な場面」を描写出来ていることに思い至った。そして、一方景色としてはまことに平凡な、ありきたりなものであることも確認した。勿論、全てを包み込む「情」は「春潮」が我々にもたらす「やはらかい」何かなのだが、そのこととは別に、この句が私を惹きつける原因は、「ことば」の無駄のない、無理のない、「組み上がり」なのではあるまいか。「花鳥諷詠」・「客観写生」と虚子は言ったが、その中には、こうした「ことば」たちの、「コケ脅かし」や「品を欠く意匠」から最も遠い、一見平凡に見えながらも、実質的に機能した「言葉の組み上がり」の上品さがあるのではなかろうか。当然ながら、それらが作者の、「物欲しげ」とは正反対の「上質な心根」の上に成り立っていることは言うまでもあるまい。(本井 英)

主宰近詠(2022年7月号)

おへそが見えて   本井 英

牡丹の蕾緑を湛へそむ

高架線ホームにありて花の昼

鯉沈むとき花筏巻きこめる

クロネコのリヤカー便や雪柳

花曇ウエットスーツ干しつらね



寝ころんでゐる老人も磯あそび

葉牡丹の長じてつひひに咲けりけり

一身を煽りて海月ややすすむ

智恵貰玉虫色の紅さして

山繭や常念坊も姿消し



娘さんのおへそが見えて蝶の昼

八重桜雨にほとびて揺るるなく

すまり咲く山椒の黄の静かさよ

岩煙草あつかんべえと若葉垂れ

方丈に隣る典座の遅桜



茶を啜る音の大きく蓬餅

員数のととのひたりし蔦若葉

ボクシングジムの四隅の扇風機

山吹の蕚幾十散り残り

枝の蛇日のぬくとさに身じろがず