折れつぱなしの 本井 英
今日から七月帆船のカレンダー 涼風や横十間川 は南北に 半夏生の白うすれゆく日々にして サングラスかけて身振りも大袈裟に 丁稚から聟になほりて冷奴
太虹の紅 の( 縁 にも濃紫 タゴールのスナップ黴の展示室 藤棚のゆさと茂りて風のむた 長押なる槍と長刀夏座敷 家具の無きことが即ち夏座敷(
卒塔婆書く時折麦茶啜りつつ にいにいの声の貼りつく大樹かな にいにい蟬膝より低く聞こゆなり 氷旗飛沫の紺を散らしたる みそはぎの地味と見ゆ派手とも見ゆる
生りものは今年よかりし土用かな 日傘もう池の向かうに至りをり 日傘踏み出す花道のやうな橋 涼風や池半分を皺めたる 吹く風に折れつぱなしの夏帽子
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主宰近詠(2014年9月号)
声のする 本井 英
震災碑戦災碑木斛の花 蝸牛なりには右顧も左眄もす 五月雨に延べて黒々磯畳 とりやまの今二処青葉潮 とりやまの移りて遠し青葉潮
梅雨寒の二の腕を掌でつつみをり 蜘蛛が殺るときは必ず羽交締め 遠雷や中華鍋より炎立ち 夏雲や礼もて始むドレサージュ 夏山にへばり鎌倉権五郎
神紋は並び矢羽根ぞ風薫る 花榊ことに蕾のよろしさに 谷戸を抜け出て夏潮に真向かひぬ 自転車を溺れしめ草茂るかな 育ちゆく入道雲に肩背中
熊蜂の止まれば擬宝珠ゆあーんとす くちなはの抱擁のするする解くる 木耳やここに畑跡屋敷跡 山峡の月の形の植田かな 夏萩の別荘今日は声のする
課題句(2014年8月号)
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「花火」 杉原祐之 選 花火舟花火の色に染まりをり 原昇平 橋脚を照らしてをりぬ遠花火 手花火の終はり松の香立ちにけり 田中香 ラーメンが食べたくなりぬ花火の夜 清水明朗 大花火どんと夜空を引き降ろす 前田なな ホスピスの寝静まりたる遠花火 藤永貴之
筍の一生分の皮を著て 園部光代(2014年8月号)
筍」が夏の季題。「たかうな」、「たかんな」というとややクラシックな語感がある。竹冠に「旬」。「旬」は「旬日」などともいい、十日の意。つまり、十日間だけが「筍」ということになる。その出たばかりの「筍」の「皮」に注目した句。短い「筍」にぎゅっと巻き付いた「皮」は最初から「全部」、即ち「一生分」を備えているのでは、と作者は思っているのである。実際に植物学的にどうなのか、筆者にも判らない。しかし、こう言われてみると最初から「全部」用意されていて、それが竹と共に段々長く伸び、最後には節から剥 がれ墜ちて「竹の皮剥 ぐ」になるのであろうという想像もできる。
読者も作者の楽しい想像に付き合って楽しめばよい。昔、食料難の時代に衣料品を少しづつ食べ物に換えた時代があり、それを自嘲的に「筍生活」と呼んだ。「一生分の皮」であったかと考えると、惨めさが際立つ。 (本井 英)
雑詠(2014年8月号)
筍の一生分の皮を著て 園部光代 木苺の咲き土牢の残りをり 吉野にも負けずよここな花の雲 筍のあく抜きに入れ椿の葉 連雀の一樹占めたりこゑ洩らさず 藤永貴之 春の雲群れゐて空の牧場めく 梅岡礼子 産卵のやうに次々しやぼん玉 永田佳映 のどけしや人を訪ねて縁に待つ 天明さえ