鳰潜る水輪の盛り上がり    山内裕子(2014年4月号)

 季題は「鳰」。「かいつぶり」とも「にほどり」・「にほ」とも呼ぶので、音数的には割合苦労の少ない季題と言えるかも知れない。日本の中部地帯以南では留鳥として一年中見かけるし、「浮巣」、「鳰の子」などが夏の季題として歳時記類に登録されているのに、「鳰」だけだと冬の季題とされるところは、あまり科学的ではないような感じもある。しかし他の鴨や鴛鴦と一緒に冬の池面に浮かんでいると、なんとなく冬の趣を感じてしまうから不思議だ。

 「鳰」は何といっても長時間潜水できるところにその特徴があり、その潜る時の様子や、浮かび出た時の表情は俳人の心を捉えて止まない。掲出句もその「潜る」瞬間を高速度写真の一コマの様に見据えての吟。「鳰」の姿が水中に没した際、その周辺にリング状に「水輪」が盛り上がった瞬間の形を見逃さなかった。「盛り上がり」と連用形で止めてあることから、次に起こるべきさまざまの「景」が読者の脳裏に想起される。輪の中心部から連鎖的に広がる「水輪」、その「水輪」が沈静した水面、さらにやや離れた水面に再び浮き上がるであろう「鳰」まで。何十回も「鳰」に見とれた俳人を読者として想定している。 (本井 英)

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