「夏潮 第零句集シリーズ 第2巻 Vol.10」 湯浅善兵衛『枇杷の花』~誠実に~
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「夏潮第零句集シリーズ」の第2巻第10号は、湯浅善兵衛さんの『枇杷の花』。
湯浅善兵衛さんは昭和三十八年生まれ。慶応義塾志木高校で本井英氏の国語の授業を受講、そのまま俳句の道に誘われそれ以来本井英に師事。慶應義塾大学俳句研究会に入会、以後「惜春」を経て「夏潮」に参加。今年の5月まで長年に渡り慶応義塾志木高校のOBで構成される「枇杷の会」の幹事を務められてきた。その朴訥で誠実な御姿は皆に知られるところである。
湯浅さんは全く上手に詠もうとされていない。自らの心に映った季題をそのまま全うに詠み下している。幾つかの句は説明的であったり、推敲が若干不足していると感じる句(中八の頻出など)もあるが、それはそれで善兵衛さんが感じたリズムのまま句にされている証左であろう。そのような中にもしっかりと嬉しい景色を読者に想像させ楽しませてくれる句があるのも、花鳥諷詠の写生の道をご一緒させて頂くものとして嬉しい。
団体もぽつりぽつりの島の春 善兵衛
→季題は「島の春」。この「春」は「明の春」「老の春」とは違う、2月3日の立春以降の「春」を差すわけだが、この句の場合はどことなく旧正月の雰囲気の「春」の使い方。やはり旧正月の頃の様子ではないか、私には宮古島の様子が浮んできた。温かくなってきた春、それでも観光シーズンとしては外れている季節の島に幾つかの団体が来ていた。目的は分らないが人の少ない島の路地に固まった人数がいると目立つ。それでも、うるさいほどではない。
2月の宮古島と云えばオリックス・バッファローズのキャンプなどあるが、さすがにそれでは「ぽつりぽつり」ではないか。
山葵田の梯子を登り覗き見る 善兵衛
→季題は「山葵田」。山葵田は棚田や段々畑のように段を利用し水を流していく。そこに梯子がかかっておりご本人はこわごわと上ってみたのである。そしてそこから覗いてみた山葵田は緑と清流でキラキラとしていたのだろう。山葵田があるような谷の秘境感やひんやりとした空気まで描けていると思う。
枇杷の花遠くから見し寄りて見し 善兵衛
→季題は「枇杷の花」。初冬の花の少ない頃、何ともはっきりしない色の花をつける。枇杷の花と知らないと見過ごしてしまう「俳人向き」の花である。この句は遠くから見た際に厚ぼったい緑の葉の上にちょぼちょぼとさくクリーム色の花を見つけた。何だろうと思い、暫くたち作者は「枇杷の花」と認識した。そしてさらに近くに寄りしげしげと見上げる。何となく嬉しい気持ちになる句。
この句には類句があるかもしれない。しかしそれはそれである。この句こそ善兵衛さんの俳句を体現する全く肩の力が抜けた呟きのような俳句を代表する一句であり、その意味では善兵衛さんの「第零句集」の最後を飾るのに相応しい一句かもしれない。
その他、印をつけた句を以下に紹介したい。
手をつなぐ影が一つに初日影
スロープを上る息子や大試験
地図になきカミオカンデや山笑ふ
春の波来たりて磯を舐め尽くし
薔薇を見る人を見てゐる我のあり
ばあちゃんの買ひ物列車麦の秋
日盛にオオコンニャクの花序折れし
猪追ひの杭打つ村の残暑かな
まだ古き教室もあり柿もあり
錫の都と言われし個旧秋の暮
(杉原 祐之記)
湯浅善兵衛さんにインタビューを行いました。
Q1:100句の内、ご自分にとって渾身の一句
→地図になきカミオカンデや山笑ふ
Q2:100句まとめた後、次のステージへ向けての意気込み
→この第零句集の機会を作っていただいた本井主宰と支援をいただいた読者の皆さんに感謝しています。
今は夏潮会への投句や吟行会に参加して、自らの句作の回数を増やし、レベルを上げていきたいと思っています。
Q3:100句まとめた感想を一句で。
→走馬燈句作が記憶呼び覚ます
〆