宇佐美美紀『日脚伸ぶ』鑑賞 (渡辺深雪)
作者の宇佐美氏はソムリエールである。その実力は序文で山本道子氏も認める所だ。その研ぎ澄まされた感覚は、句作にも大いに生かされている。
木犀の香りが朝の人波に 美紀
オレンジの街灯ともり秋の雨
前者の句は嗅覚によって、後者の句は視覚によって特徴づけられる。香りが木犀の芳しさを、街灯の色が秋雨の静けさを浮かび上らせ、それぞれ詩情のある句を作り上げている。
ひとつの情景に五つの感覚を働かせるその姿勢は、次の二つの句からもうかがえる。
雨音のだんだん鈍く雪となり 美紀
菜の花のちらちら揺れて香も立ちて
聴覚と視覚、視覚と嗅覚を同時に働かせることによって、奥行きのある描写を句にもたらしている。雨音から雪へ、花から香りへという景の移り変わりをさりげなく描き出しているのだ。
その独特の感性は、時に次のような不思議な味わいのある句を作りだす。
朧夜の風も運河もやはらかく 美紀
夏用のシャンプーに今別世界
宇佐美氏の句は、ひとつの景に対し五感を働かせて句を作ることの大切さを我々に教えてくれる。できればワイングラスを片手に、これから挙げる七つの句をはじめとする同氏の作をじっくりと味わうようにしたい。
スカートのふはりと浮きて春の風 美紀
「春の風」は四月の季題。何もかもが春らしくなるこの時期、スカートをはいて出かけたくなる女性も多いだろう。「ふはり」と浮くその様が、春風の穏やかさ、柔らかさを感じさせる。また、風に揺れるスカートの軽やかな質感も、この季節にふさわしい。
松茸の香り秘めたる器かな 美紀
季題は「松茸」。何といっても、松茸の美味しさはその香りにある。この句に描かれている器にも、松茸が入っているのだろう。固く閉ざされた蓋を開けると、その芳しい香りがほのかに漂って来た。これを「秘めたる」という言葉で表現する所が上手い。
地下道を抜け全身に若葉風 美紀
暗い地下道になじんだ眼には、地上の光が何ともまばゆい。出口を上り外へ出ると、そこへ暖かな風が吹いた。その風が周りに生い茂る緑の息吹と共に、初夏の明るさを運んで来るように感じられた。新しい季節の訪れを、作者は文字通り「全身」で受け止めている。
秋晴を少し歩きて汗ばみて 美紀
「秋晴」は十月の季題。この時期、天気のよい日に外を歩くと、まだ少し汗がにじむ。だがこの汗は、暑いころのそれに比べると決して不快なものではない。「汗」は夏の季題だが、ここでは秋晴の中を歩く楽しさ、心地よさを表すものとなっている。
煙突の煙昇りて雪景色 美紀
周りは一面の銀世界。その中に、長い煙突をつけた一件の家が見えた。家の煙突からは、白い煙が鉛色の空へ静かに昇って行く。きっと家の中では、暖炉に薪をくべているのだろう。寒い季節のささやかな人の営みが、温かな情感と共に描かれている。
咳込みて咳込みてもう夜明けかな 美紀
「咳込みて咳込みて」という言葉の繰り返しが上手い。人が咳をするリズムを連想させるのと同時に、風邪をひいたにも関わらず眠れずにいる苛立ちを巧みに伝えている。こんな辛い朝が来ても、仕事に行かねばならないのだろうか。
江の島の深き緑や波の音 美紀
季題は「緑」。海水浴のシーズンを待たずに、作者は湘南の海に来た。江の島を見ると、木々の深い緑に覆われている。間もなく暑い季節がやって来て、この海も人でごった返すのだろう。そう思うと、打ち寄せる波の音もいつもより大きく耳に響くように感じる。