花鳥諷詠心得帖25 三、表現のいろいろ-1- 「字余り」

「心得帖」言葉の約束を踏まえた上で、今回からは「表現のいろいろ」。
まずは、五七五、十七音の問題から点検してみよう。

俳句が十七音に定まるまでの歴史的なお話は後刻に譲るとして、本来十七音である俳句に十七音ならざる
作も多々見受けられる話。
所謂「字余り」と呼ばれる形だが、虚子作品にも少なくない。

初心者の字余りと違って虚子ほどの作家になれば当然、一つの選択された「表現」としての字余り
ということになる。
そこで試みとして『五百句』に収録された五百句を材料に取り上げてみよう。
『五百五十句』以降についても勿論重要だが、ともかく大雑把に虚子の「表現」を俯瞰するには
これで充分であろう。
また『五百句』は明治二十七年から昭和十年までの作品を、明治・大正・昭和からほぼ均等に
選抜してあるので、さまざまに時代差を比較するのにも便利である。

文学作品を論ずるに数値的な比較はあまりしたくはないのだが、話のとっかかりとして一応挙げて置こう。
『五百句』中の字余り句の総数は七十九句。約十六パーセント。
これは存外多い。もう少し詳細に点検すると、「上五」が字余りのもの三十七句。
「中七」十六句。「下五」九句
。二カ所以上(上五・中七・下五のうちで)に字余りのあるもの十七句である。
圧倒的に「上五」に現れる場合が多く、「中七」でも思ったより多く字余りが数えられた。

また普通「上五」で字余りになったら「中七」「下五」では余らせない、「中七」で余ったら「上五」「下五」は
定数で、というのがよく言われる「コツ」だが、『五百句』には二カ所以上で字余りになっているものが
十七句もあるのは喫驚に値する。

さらにこれら七十九句の「字余り」が詠まれた時期について見ると面白い。
大雑把に言えば「五百句時代」の前半に「字余り」が多く後半に少ない。
特に大正時代前半に多く、「二カ所以上の字余り」に関して言えば、その殆どが大正前期に詠まれている。
ここまでが数値の話。

さて実際にはどんな作品が「字余り」として表現されているのだろう。
「上五」の例から。
主客閑話ででむし竹を上るなり(明治三十九)
師僧遷化芭蕉玉巻く御寺かな (大正二)

これら二句はともに漢語表現の部分が字余りになっている。
つまり「上五」が六音あるのだが、四文字のフレーズとしての纏まりが強固なために、
緩んだ、ばらけた感じを与えない。
つまり漢文脈の持っている独特の硬質感が、ある調子を一句に与えていると言えるだろう。
似た例では、
書中古人に会す妻が炭ひく音すなり(明治三十六)
がある。
これも漢文訓読調が働いて二十二音節に適当なリズム感を与えていると言える。 (つづく)