・「五百余羽」櫻井茂之
峰越えて二つ立ちたる鷹柱
は、大きな景を冷静に写生していて、あっぱれと言いたくなります。 そしてもう一つ、
眩しさの眼底にまで鷹渡る
にも、はっとさせられました。「鷹」を描写した二十句の中に、突然 作者自身が登場するのです。「眩しさの眼底にまで」は少しわかりに くい表現ですが、私は「じっと鷹の渡りに見入っていたため眩しくな って目を閉じた、しかしその閉じた目の奥にまで」と解釈しました。 圧倒されるような光景を目にした興奮が、読者の心を共鳴させます。
そのほか
西風にはら(はら)と解け鷹柱
両翼の羽ばたくはなく鷹柱
先鋒はあをに紛れて鷹柱
などに心ひかれました。漲る気力が二十句を貫いており、文句なしの 受賞だと思いました。
・「蓑虫」田島照子
夫在あらば何して在らむ月今宵
名月と対するうちに亡き夫君を思い出されたのですが、その思いを「 何して在らむ」と深く掬われました。「もののあはれ」を感じる一句 です。後半は「黙示録」の世界。私にはこの方面の知識がありません が、
蓑虫の蓑や荒野のヨハネふと
は、わかるような気がしました。「蓑虫や」ではなく「蓑虫の蓑や」 と具体的に言われたことの力かと思います。
そのほか
葉鶏頭開基は女人なりしてふ
更待の月に先立つ星一つ
こほろぎやゆるびしままの箏の糸
など、一句一句の世界に奥行きがあり、素晴らしいと思いました。こ ちらも文句なしの受賞だったに違いありません。
・黒潮賞応募作から
雲の峰スコアボードの向うから
の明るさが良いと思いました。
三席の矢沢六平さんの作品は、夏から初秋の句。
宿浴衣着てそれぞれに家族なる
幸福な様子を眺めて幸福を感じているのが伝わってきて素敵でした。
ほかに二十句全て読んでみたいと思った方がお二方。一人は杉原祐 之さんで、お子さんの誕生と成長を詠んだ句が並べられていたようで す。
嬰児を縦抱きにして御慶かな
には、お子さんの月齢と改まった態度が無理なく表現されています。 もう一人は山内裕子さん。雪の港町を連作にされたもののようです。
雪中に引込み線の黒く伸び
町川に溶け残る雪浮いてをり
などドキュメント映像を見るような面白さを感じました。
・親潮賞応募作から
炎帝の御座(ミクラ)となりてミシガン湖
は、「炎帝」という季題を発見されたところがユニークです。
三席の木内祐子さんの作品は、秋の信州を詠われた連作。
浅間嶺の紫がかり秋桜
「紫」というのは、日常の景色としてご覧になっている方ならではの 色彩感覚なのでしょう。
二十句全てを読んでみたい方が、やはりお二人いらっしゃっいまし た。一人は中島富美子さん。
日曜日なのよいいのよ大朝寝
夏草は句碑の下五を隠しけり
思い切った表現が面白かったです。もう一人は山口照男さんで、山を 題材にした二十句のようです。
雲海の怒涛の沖に劔岳
迫力ある表現が魅力的です。
・おわりに
黒潮賞、親潮賞も次回で四回目になります。「夏潮」のWebページを うまく使って、一年に一度のビッグイベントを盛り上げていきたいで す。次席、三席の作品掲載などは簡単にできることですし、読者とし ての楽しみも広がると思いました。