西原天気句集『けむり』西田書店
西原天気さんの句集。氏は『人名句集 チャーリーさん』を私家版で出版しているが、これが実質の第一句集とのこと。
西原さんは1955年兵庫県生まれ。1997年に「月天」句会に参加し俳句と出会う。
98年から2007年まで「麦の会」に参加、11年春までは「豆の木」に参加。何より2007年に氏が中心として立ち上げた俳句Webマガジンの「週刊俳句」は、インターネットでの俳句の情報発信の中心的役割を担っている。
本句集の特徴として非常に装丁が面白く、色違いの紙を綴り一集をなしている。
このようにポップで手造り感のある句集も素敵である。
集中の句の印象としては「自由自在」、主義主張、お題目を唱えるのではなくパイプを吹かしながら(実際に氏はパイプを吸われる)肩の力を抜いて俳句を楽しまれている印象がある。
勿論。言葉の斡旋については十分注意が払われている。私が印を付けた句は「とーんと」出来たような俳句のほうが多かった。ふわふわしたような読後感を持ち、まさに句集のタイトルの「けむり」の印象である。敢て言うと、リズムがよい俳句が多いのだと思う。それが句の「軽み」とマッチしている。
決して「季題」を中心に俳句を詠んでいるわけではないので、我々の信条と一致しない句も多い。ただ楽しい俳句が多いのも確か。是非、このような句の楽しみ方も、味わって頂きたい。
・これもあのデュシャンの泉かじかめり 天気
季題は「悴む」。「デュシャンの泉」とは便器のことである。「20世紀でもっとも最もインパクトのあった現代芸術作品」に選ばれている。
http://www.arclamp.jp/blog/archives/000255.html
寒い寒い一日、小便器の前に立って用をたすときの感慨。実にさらりとしているが、「デュシャンの泉」が持つ現代を象徴する或る歪みが伝わってくるのではないか。
・噴水と職業欄に書いて消す 天気
季題は「噴水」、こちらも不思議な一句。履歴書の職業欄に間違えて噴水と書いてしまい、慌てて消した。噴水を履歴書のどこに書いたのだろうか。もしかして名前が噴水だったのかもしれないし、噴水に関する著作があったのかもしれない。
全く写生ではないし、そういう季題「噴水」の使い方について疑念を呈される方もいらっしゃると思うが、私は結局「噴水」が持つ、淡淡としたイメージが伝わってくれば勝ちだと思う。清涼感を感じ、「夏」の俳句であると思う。
●Ⅰ「切手の鳥」
はつなつの雨のはじめは紙の音
蚊柱が崩れ遠くの見えにけり
糸屑をつけて昼寝を戻り来し
餅花が頭にふれて遊び人
引越のあとの畳と紙風船
●Ⅱ「マンホール」
チョコレートにがし港のまぶしさに
ヒッピーに三色菫ほどの髭
ヨットひとつ風がつまんでいきさうに
海の家から海までの足の跡
首都高はひかりの河ぞ牡蠣啜る
●Ⅲ「だまし絵」
晩春のおかめうどんのやうな日々
卒塔婆のやうなアイスの棒なりき
枝豆がころり原稿用紙の目
十月や模型の駅に灯がともり
ぽんかんを剥いたり株で損したり
●Ⅳ「名前のない日」
缶切の先の濡れたる立夏かな
はつなつの土手ぶらぶらと入籍す
目のさめて畳の広き帰省かな
遠火事の音なく燃ゆる晩ごはん
野遊びの終りはいつもただの道
(杉原 祐之記)
西原天気ブログ「俳句的日常」
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