書き了へて夜寒の膝へ自づと掌  前田なな

 季題は「夜寒」、秋の季題である。同じく秋の季題として「朝寒」、「やや寒」、「うそ寒」、「肌寒」、「そぞろ寒」があり、さらに「冷まじ」、「身に入む」という季題もある。春と共に、最も過ごし易い季節である「秋」にかげりが見えてきて、いよいよ厳しい、事によると命に関わる危険もある「冬」を迎えんとする「不安」が、これだけ多くの類似季題を生んだ原因に違いない。

 「夜寒」は、暖房が要るというほどでもないが、夜が更けるつれて肩から背中、あるいは足許辺りに「寒さ」を覚えること。作者は、何か書き物(パソコンのキーボードでは無く、筆記用具を用いて紙に記されたもの)をしていたのであろう。漸く「書き了へて」、静かに読み返している。そして「掌」は自然と両膝に置かれていたというのである。書かれたものは、ともかく襟を正して筆記すべきものであったに違いない。目上に対する「手紙」などが考えられよう。誤字脱字は無いか、礼を失した表現は無いか。謙虚に「文」と向き合っている姿勢が「膝へ自づと掌」である。(本井 英)

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