くす玉の片割れづつの海月かな  前北かおる

 季題は「海月」。「水母」と書くこともある。日本近海では必ずしも夏に限って現れるわけでもないが、半透明のふわふわしたようすは「夏」にふさわしいイメージといえよう。湘南の海水浴などでは、土用浪が立って、暦の秋も始まる頃の方が「くらげ」は多く出没したように記憶する。

 さて一句の眼目は「くす玉の片割れ」。「くす玉」といっても季題の「薬玉」、「長命縷」とは違って、運動会などでの「くす玉」割りのそれ。球が真っ二つに割れる「あれ」である。「海月」にもさまざまの種類があるのであろうが、この句に詠まれた「海月」は運動会の「くす玉」割の、「半球」そのものという感じで潮に漂っているのである。「片割れづつ」というので一個ではない。おそらく二個、だとすると、二つをくっつければ「球」に戻るような空想をしながら眺めていることもわかる。何度も見て知っているはずの「海月」をあらためて凝視したからこそ、こんな風にも見えてきたのである。  (本井 英)

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