日別アーカイブ: 2025年2月4日

課題句(2024年8月号)

課題句「南瓜」            天野明雀 選

子が乗れば南瓜たちまち金の馬車	井上 基
国敗れ三食南瓜日々南瓜

南瓜買ふ二人暮しに半分を		山口照男
煮ようかしらいやポタージュに南瓜手に	津田祥子
南瓜煮や三日に一度卓袱台に		原田淳子
鋼の刃ぐさりと入れて大南瓜		梅岡礼子

課題句(2024年7月号)

「道をしへ」         山本正紀 選

這 うてをるときは見えねど道をしへ	渡邉美保
奥宮の磐座に消ゆ道をしへ   

道をしへ独り歩きの道連れに		塩津孝子
道をしへ派手な背中を賜りて		馬場紘ニ
並びゐて腰高なるよ道をしへ		本井英
防人の碑の先は海道をしへ		天明さえ

思ひ出す紫菀の咲けば泊雲忌 長浜好子

 西山泊雲は昭和十九年九月十五日に六十八才で亡くなっている。つまりこの句の季題「泊雲忌」は九月十五日。「紫菀の咲けば」とも詠んでいるので、実際「泊雲忌」の季節を知らなくても困らない。その時、師虚子は小諸への疎開を果たしたばかり。虚子の「句日記」、「九月十五日」の条には「泊雲逝去の報至る」の詞書と共に「紫菀咲く浅間颪の強き日に」の句が録されている。本土決戦が囁かれる昭和十九年、ほぼ縁故の無い信州小諸に疎開した虚子が、最も信頼する愛弟子泊雲を失ったことにどれほど落胆したか想像にあまりある。終戦後、ようやく旅をすることが出来るようになった虚子が真っ先に向かったのが泊雲の墓参りであったことからも、この折の虚子の心中は察せられる。一句はそんな虚子の心中に思いを馳せての句と解すれば洵に納得のいくものである。俳句は自分自身の感懐に即して詠むのが普通であるが、この句のように自分だけでなく、他の人の気持ち(この句の場合は虚子)に心の及ぶ句の世界もあっていいのだと思う。それほどまでに「紫菀」と「泊雲の死」は深く結ばれているのである。(本井 英)

雑詠(2025年1月号)

思ひ出す紫菀の咲けば泊雲忌		長浜好子
芒剪る今宵の月に捧げんと
桔梗や若く逝きにし友の墓
鬼灯を手にして昔話して

ひもじさや芋虫が身を捩りたる		稲垣秀俊
震災忌橋にそれぞれ名前ある		小沢藪柑子
濠の水に揉まれ春日のくらげなす	山本道子
副賞は新米といふ句会かな		山内繭彦

島へ行くバスは空つぽ初嵐 宮田公子

 季題は「初嵐」。『虚子編新歳時記』では「野分の前駆のやうな風が秋のはじめに吹く。それを初嵐といふ」とある。『毛吹草』などでは、秋七月とし、連歌書の『梵燈庵袖下』には「七月一日に吹く風の名なり」とあるという。気象学的に理由のあることかどうかは不明だが、ともかく「野分」(おそらくは台風)の前兆を思わせる初秋の風を、恐れを持って眺めた昔の人々がいたのであろう。一読不思議に思えるのが「島へ行くバス」という件。昔なら考えも及ばない話だが、近年の土木技術の進歩から、随分と離れた島にも「橋」がかかり、定期バスが通っているなどというのは普通の景色となった。その「島行き」もバスが、今日は「空っぽ」だったというのである。どんな事情であるのかは不明だが、ともかく真夏の間は「観光客」や「海水浴客」で賑わっていた「島へ行くバス」が、暦の上の「秋の訪れ」で、もう減り始めたようにも思えたのであろう。「秋の訪れ」の小さな変化をも見落とさない「俳人」らしい視線が感じられて面白かった。(本井 英)