日別アーカイブ: 2013年3月1日

花鳥諷詠ドリル ‐主宰の句評‐ 第66回 (平成18年2月10日 席題 実朝忌・片栗の花)

この坂をくだり終へれば梅林
この句は何でもなく詠みながら、自ずから付近のロケーションが見えてくる。ちょっとした丘がかった所に道があって、そこから谷底の所が梅林になっている。そのなぞえの辺りに梅があってもいいようなものだけれど、不思議なことにその斜面には梅がない。下り終わった所に梅林がある。なるほど言われてみれば、そんな光景もあろうかという感じだろうと思います。
厚着して爪の手入れも春の風邪
「爪の手入れも春の風邪」って、面白かったですね。「厚着して」は要らなかったかもしれませんね。ちょっと材料過多のきらいもなくもないと思います。「爪の手入れも春の風邪」は、なかなか色っぽくて、よろしいなと思います。
片栗の花咲く丘へ登りけり
こういう句が採られるのを、何故そんな単純な句がいいんだと思われる方もあるかもしれないけれど、俳句というのはリズムが大事です。「片栗の花咲く丘へ登りけり」と言われてみると、なるほどそういうこともあるだろうな。この句の場合、面白いのは、「上まで行くと、片栗の花が咲いているんだよ。」と誰かに言われて、「あ、そう。」ということで、普段は登らないような坂道なんだけれど、行ってみよう。とにかく登りきった。その一種の到達感、達成感が「けり」ですね。何か自分で、「ああ、登った。」その気持ちが景に反映して、大変リズム感のいい句だな。つまり珍しい景を探して詠むということよりも、景が珍しくなくても、気持ちよく詠んでしまう。それが諷詠だと思います。
鎌倉の谷(やと)を巡りて実朝忌
鎌倉と付けば、実朝忌は何でもいいようなものですが、これはそうではなくて、「鎌倉の谷を巡りて」というところに、ある思いがありますね。実朝の祖父の頼家が、比企一族と結託して北條と戦おうとする。それが比企一族が滅ぼされる。ところが、比企一族のいた比企が谷という、谷戸が今でも残っています。たしか妙本寺の辺りかと思う。鎌倉の谷戸、谷戸一つの名前に、それぞれの一族の館のある由来がありますから、「鎌倉の谷を巡りて」と言った時に、鎌倉幕府は実に血塗られた幕府で、勿論、頼家もそうだし、実朝もそうだし、修善寺物語に出てくる話も、本当に血なまぐさい話ばかりで、その後も、和田一族だとか、次から次へと大変な粛正の歴史が、東鑑など、本当に血だらけの歴史書です。その中にあって、実朝も血祭りに揚げられた一人で、そのことを考えると、鎌倉の谷戸の持っている歴史が感ぜられて、面白いと思いました。
挿し余りたる水仙のバケツかな
どこのバケツかなというのが、この句の鑑賞のポイントだろうと思います。自分の庭の水仙を切ってもいいんだけれど、僕は花舗、花屋さんですね。花屋さんがブリキのバケツに入荷した水仙を、一遍にばあーっと活けたんだけれど、バケツが小さくて、二、三本が余ってしまって、それを瓶に挿していた。そんな花屋さんの朝の光景を想像しました。自分の家ならそうたくさん切らなければいいんですから。入荷が思ったより多かったなと言う方が、それらしいかと思います。

句集『島』を読んで (矢沢六平)

句集『島』を読んで

                矢沢六平

 

 テレビの受像機を持たなくなって三年になるが、相変わらずのテレビっ子である。

 皆さんご存じかどうか、女優の奥貫薫やアナウンサーの唐橋ユミが、バラエティー番組のナレーションやアシスタントをつとめる場合がある。僕はこれがたまらなく好きである。

 彼女たちには、ガツガツしたところがまったくなく、とことんおっとりとしている。かといって、テンポのずれた「天然ちゃん」ぶりをウリにしているわけでなく、場面に応じたさりげない「笑い」を自主的に差し込んだりもできる。ほんわかとして、聡明でありながら、お茶目でもあるわけだ。

 人は多くの場合、そのコンプレックスやら上昇志向やらが透け見えてしまうのを避けられないものだが、彼女たちにはこれが全く見えない。僕は彼女たちの活躍を目にするたび、じんわりと、尊敬の念という名の愛が湧き起こってきて、『一度、唐橋さんの実家におじゃましてみたい。ご両親のお顔を拝見したい』などと、つい妄想してしまうのだ。

 彼女たちは、きっと次の句のような、おだやかな愛にあふれた家庭で育ったに違いない…。

 

父よりも母がえらくて更衣

春水や母が笑へば父も笑ふ

秋刀魚焼く母大根をおろす父

 作者たる娘には、何事も母のほうが『えらく』見えていたのである。ここに感じられるのは、群馬県的「かかあ天下」ではなく、父の懐の広さであり、それをも包み込む母の愛である。

 やがて娘は成長し、他人には見せないが、心に陰翳を持つようになる。

父母と別れてよりの花疲れ

母に会ふ母のお古の日傘さし

花火見や家族揃ひし頃を思ふ

 今は伴侶を持つ身となった。母の時代とは違い、夫と肩を並べようとする一面もあるが、句には、控えめに支えようとする「やさしさ」が満ちている。そこのところは母と通底しているのだ。

熱燗に共働きの夜更けかな

外食の続きし夫と湯豆腐を

おにぎり食ぶ姑の墓前の菊日和

 これらの私小説俳句(と僕は呼びたい)は、この句集の中の珠玉であると思う。僕ら読者に、人に生まれてきて今日まで育ったことの『しあわせ』を、やんわりと諭してくれる。

 感動的作品。

 そう呼んで差し支えない句だと思う。

 

 句集中に、言葉の繰り返しや擬音を多く使った句が見られる。

 これは、作者の、次へのチャレンジなのだと思った。なぜなら、作者はすでに、必要にして十分な技量を獲得しているから。それは、たとえば次のような、「普通の」俳句によく現れている。

 

月島のたひらを歩く暑さかな

 低地の低さを(殊に月島は築島なのだから)、あらためて「たひら」と捕らえ得た感覚が感動的だ。暑さがよく分かる。

 

ちくちくとロッジの毛布厚きこと

 古きこと、と言いたくなるが、「厚きこと」としたところがよい。もっと沢山のものが見えてくる。

 

 私にとって、今回はせっかくの機会でもありますから、その任にあるかどうか分かりませんが、評論めいたこともすこし…。 

 

番犬のへたりと座る暑さかな

パドックの馬の歩様も秋日和

 番犬の句は、「へたり」の語が手柄の秀句だが、馬の句は、「どんな歩様で」あるのかが描けていないところがキズなのではないか。秋日和のパドックを馬がどんな風に歩いていたのか…。

 

土用鰻父退院の日なりけり

叱られて少し嬉しく秋刀魚喰ふ

 鰻の句。「なりけり」としたところが素晴らしい。

「叱られて」の句。「少し嬉しく」食べるのは、陳腐の誹りもあるかと思うが、やはり「ライスカレー」か「チキンライス」なのではないか。秋刀魚の場合は、「どんな風に食べた」のか、あるいは「どんな秋刀魚を」食べたのかが、必要になってくると思われるが…。

 

 最後にお願いを一つ。

 今回、いづみ俳句のファン、そこに描かれる父母の信奉者となりました者として、この私小説的世界が、息子の視線からはどう見えていたのかが、とっても気になってまいりました。

 もし弟さんか、お兄さんがいらっしゃるなら、そしてまだでいらしたら、どうぞぜひ俳句の世界にお誘いくださいませ。

 やわらかくあたたかい俳句に触れることができました。ありがとうございます。僕は早く次の句集が読みたくてなりません。