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祐之 について

「夏潮」運営委員の杉原です。 平成二十二年四月に第一句集『先つぽへ』を出版

関悦史句集『六十億本の回転する曲った棒』(邑書林)_(杉原)

関悦史句集『六十億本の回転する曲った棒』(邑書林)

 

関悦史『六十億本の回転する曲った棒』

 関悦史さんの第一句集。関悦史さんは昭和四十四年茨城県生れ。 二十代半ばより俳句を作り始め、平成十四年に「マクデブルクの館」で第一回芝不器男新人賞の選者賞を受賞。その後、『新撰21』など各種アンソロジーに参加。

 また、その評論は素晴しく、第十一回俳句界評論賞などを受賞している。現在の若手俳人を代表する論客として、各種シンポジウムには欠かせない存在となっている。

 

 氏は現代美術、文学、音楽に深い造詣を持ちその詩心は若手俳人でも圧倒するものがある。まさに「現代の奇才」と呼んでも良いだろう。

 その強烈な名称の句集名から分るように、その豊かな教養と感性を俳句詩形に生々しくぶつけ表現している。しかしながら、その表現が生々しく、800句以上(※1)の句群を読むのに楽しくも疲れた。

 結局、私が印を付けられたのは客観的に突き放しつつ季題が効いている句だった。やはり俳句の詩形と言うのは生の感情をぶつけるものではないのではないだろうか。

 こういう俳句も高く評価を受けているという意味で非常に勉強になる。我々の俳句の詠むスタンスを確認するうえでもお薦めの一集である。

 是非、皆様の御好きな一句を揚げてみてもらいたい。

 全9章、800句以上の大規模句集であるので、ポイントを絞って句をご紹介したい。

 

1.NY同時多発テロを詠んだ一群も印象的だった。「襞」より。

・多くの死苦の引掻傷(エクリチュール)のある夏天

・人類に空爆のある雑煮かな

・グローバリズムなるゴーレムも春の土

 

2.関氏は3月11日の東日本大震災に被災された。

その経験を詠まれた 「Ⅸ うるはしき日々」から。

 ・瓦失せし所が黒し春の月

・停電なれば井戸水も出ぬ揚雲雀

・永き日の家のかけらを掃きにけり

・天使像瓦礫となりぬ卒業す

・「移転しました」春光鋭き欠片の路地

・揚羽蝶交みて不意に地まで落つ

・足尾・水俣・福島に山滴れる

 

「邑書林」のHP

 http://younohon.shop26.makeshop.jp/shopdetail/001000000001/

関悦史のブログ「閑中俳句日記(別館)」

http://kanchu-haiku.typepad.jp/blog/

 

※1:集録句数について誤って600句余りと記載。指摘を受け修正。

「夏潮 第零句集シリーズ Vol.5」 櫻井茂之『風ノ燕』

「夏潮 第零句集シリーズ Vol.5」 櫻井茂之『風ノ燕』

 

 「夏潮第零句集シリーズ」。第5号は櫻井茂之さん。

茂之さんは、昭和四十一年福岡市生。地元の有名デパートに一度就職後、高校に職員として再就職。その高校で藤永貴之さんと出会い、職場句会を通じて俳句を本格的に始められたのは平成十七年。その後「夏潮」創刊に参加。昨年より編集委員として運営に参加いただいている。また、今年度の第三回黒潮賞を「五百羽余」で受賞。

黒潮賞の受賞作品からも分るとおり、本井英、藤永貴之から伝わるじっと季題を見つめ、描写する姿勢が身についている。更にそこに独自の感性から紡ぎ出した言葉を独りよがりにならないよう丁寧に読みこんで一句をなしている。結果として我々は茂之さんの俳句からは全面的な肯定性、向日性を感じることが出来る。

実に手の込んだ句の詠み振りである。物事の新奇性に頼らず、このような姿勢で俳句を詠んでいくことが我々にとって非常に大事なのであろう。

 

 末尾は切れ字、体言止めが殆んどを占めており、その点が百句を一定の平板なリズムで並んでいる印象を持った。これは、これで6年間で100句という、俳歴と句数のバランスから止むを得ないであろう。

 

やはらかき葉をかきわけて袋掛 茂之

 季題は「袋掛」。果実を外のものに食べられないよう守るため、一つ一つに袋を掛けていく。その様子を上五中七の様に詠った。何の果物であろうか、何れにせよ初夏の柔らかい日差しの下で光るように行われる袋掛けの光景が鮮やかに目に浮ぶ。

 

鮟鱇のどろりと箱に入れらるゝ 茂之

 季題は「鮟鱇」。鮟鱇という大きくてぬめぬめした魚の港での扱われ方を詠んだ一句。

 中七の「どろり」が眼目。対象をじっと見つめ浮んできた措辞であろう。誰もが納得できる一句ではないか。

 

『風ノ燕』抄 (杉原祐之選)

握り飯食うて涼しき風の中

秋霖に黒く濡れたる檜皮かな

温む水国土交通省管理

信号の三つの庇雪積める

夏潮に囲まれて国境の島

一塊を経木に包み鯨売る

競漕の舟の濡れたるまゝ積まれ

秋の蚊やだらりと長き脚下げて

河口暮れて白魚茶屋の灯せる

鷹柱ほどけて空の残りけり

 

(杉原祐之 記)




関係ブログ

俳諧師前北かおる http://maekitakaoru.blog100.fc2.com/blog-entry-787.html

 



櫻井茂之さんにインタビューしました。

櫻井茂之さん

Q:渾身の一句は?

A: 「機影はるけし八月の雲の中へ」私にしては格好良すぎる句ですがうっかりと生まれてしまった我が子です。


Q:100句まとめた後、次のステージへ向けての意気込みは?

A: 100句目の「鷹柱ほどけて空の残りけり」は黒潮賞を頂いた20句へとリンクしています。
鷹の渡りを詠んだ時のようにこれからも足下の花や見上げる空を実直に詠んで行こうと思います。


Q:100句まとめた感想を一句で。

A:「初空やこんもりとある水城あと」茂之

黒潮賞落選展~3ヵ年分(杉原)

六平さんの勇気ある公開の後ろが続かないようで遺憾です。

折角なので、下名は3ヵ年分の落選展を開きたいと思います。

 

○は雑誌に掲載の選句です。

事柄優先で描写が出来ていない句が目立ちます。

 当たり前のことですが、角川「俳句」に応募の残りを投句しているようでは受賞は覚束ないということです。

 

09年黒潮賞 第1回応募作(8位/35篇中)

一群の去りて一群初雀

○風花の舞ひて昼間の歓楽街

○マフラーの巻きを緩めて麦を踏む

鍬で土掻く音固し春浅し

暮遅し水車ぎゆうと鳴りにけり

カフェの卓並べそめられ紫木蓮

怪獣のやうにミモザの花盛り

雨に濡れ雨に爛れて濃山吹

着流しで万太郎忌の上野にゐ

薄暗き基地外柵の枇杷実る

○夾竹桃人工島に咲き盛る

蜘蛛の囲の張られし非常警報器

余所見してをれどぐんぐん芝を刈る

祭果てあちらこちらの水溜り

苦力(クーリー)に朝霧きたる波止場かな

実石榴にからりと晴れし湖北かな

島の柚子搾れば山の香りあり

ダービー馬らしき恰幅馬肥ゆる

噴水の噴かぬままなる冬日向

日の落ちて黒ずみゐたる冬の池

 

 

10年黒潮賞_第2回応募作(19位/24篇中)

離れ住む妻を思はば朧かな

マンションの下見に来れば桜葉に

風光る婚礼式の打合せ

母の日の母となりゆく腹を撫で

○入籍の日の凌霄の一つ咲き

一人目はおなごなるらむ桐の花

腹の子の動き止むとて明易し

結婚を明日に宙舞ふ蛍の火

酔漢のやうなる源氏蛍かな

○汗だくの結婚式の終りたる

娶りたる妻の寝返り明易し

父として夏木のやうになりぬべし

バス停は新居の真下明易し

○風鈴や妻の名をさん付けで呼び

橅の木の蔭涼やかに妻と我

洗濯を一緒に干して夜の秋

妻が背を露はに眠り扇風機

曲肱の楽しみ銀河仰ぎつつ

嬬恋のキャベツに露のしとどなる

西瓜切る産れて来たる子の分も

 

11年黒潮賞_第3回応募作 (6位/20篇中)

○親となる不安凍星満ちにけり

殊の外産声小さく霜の夜

○産院の妻のもの干す小春かな

出張のめつきり減りぬ神の留守

古暦授乳オムツの記録あり

○嬰児を縦抱きにして御慶かな

嬰(やや)の眼に映つてをりし木の芽かな

嬰の世話をして出勤の虚子忌かな

しやぼん玉大人が吹いてゐたりけり

ベビーカー押せば進むよ風五月

気管支を病む嬰の寝息明易し

○明易や寝返りの子に蹴られたる

蚊帳吊の真中に眠る赤子かな

○午睡の嬰覚めて周りを見渡せる

甚平をはみ出す嬰(やや)の脚太し

ひよめきの閉ぢたる痕の汗疹かな

目を細め冷奴食ぶ赤子かな

利かん気の子供のやうに雷光る

○薮蚊打ちたる掌に赤子の血

冷房の風の道読みバギー置く

「傘[karakasa]」vol.3、「手紙」第三通_(杉原)

「傘[karakasa]」vol.3、「手紙」第三通

 

 今回は、年末年始に出版された若手によるミニ雑誌を紹介しておきたい。

「傘(karakasa)」は、「澤」に所属する藤田哲史と、越智友亮の手で一昨年創刊された雑誌。不定期刊ということもあり、かなり間隔が空いた出版だが昨年末に第三号が出版された(今回から、藤田のみの参加)。

「傘(karakasa)」Vol.3

 特集は「飯田蛇笏」ということで、藤田を含む若手俳人4名がそれぞれの観点で蛇笏を分析している。藤田は蛇笏の習作時代の表現方法から、蛇笏が言葉を探し出す方法について考察している。作家の俳句表現がどのような過程で生まれてくるのか、藤田なりに試行錯誤して推察していく過程が面白い。

若干、蛇笏の早稲田に在学しつついつ境川の家に帰らなければならない、実際に帰って言った運命については触れられていない点が気になったが、他の面々が触れているので特に問題は無いのであろう。

 小川楓子は『山廬集』を読み、「袋」というキーワードで蛇笏に迫る面白い評論。若き近現代俳文学者の青木亮人は無難に蛇笏の帰郷についての論をまとめた。家に帰らざるを得なかったからこそ、他の文学ではなく俳句形式に存在する「ものと魂のぶつかり」に帰依したのだという観点は興味深い。生駒大祐は蛇笏と龍太の作風の違いを定量的に分析を試みているが、紙数の関係か若干中途半端な印象である。

 

藤田哲史の作品8句「風」から

かへりみぬ橅や欅や冷えてゐん

秋の暮風音耳にあらはれぬ

 

「傘」は一部300円、送料80円。

http://haiku.karakasa.com/

 

 一方、越智友亮が「傘」を脱退し新たに、生駒大祐、中山奈々とユニット?を起こしたのが「手紙」。その「手紙」も第三通を迎えた。第二通から福田若之が参加しているが、今回は生駒の名が無い。その生駒は今回「傘」に原稿を寄せ、「haiku drie」のインタビューを受けている。流動的で不思議な感じ。これが現代の若手俳人の何事へも「緩やかに」結びついていく、向っていくスタンスを象徴しているのか。偶偶なのかもしれない。

「手紙」という形式で一人ひとりがそれぞれの宛先に向けて、句集や俳句の感想を送る形式。中山は加藤喜代子へ、越智は関根誠子へ、福田は寺山修司宛へ「手紙」を書いている。寺山以外の二名については詳しいことを知らなかったので、今回の「手紙」で勉強になった。

 ちょっとライトな感想文という感じもするが、知らない作家の作品を紹介していただけ大変助かる。

「手紙」第三通

巻末に掲載されている三人の作品から

 

中山奈々「家電」

四面みな家電おでんを食べにけり

越智友亮「横浜」

 街は聖夜にヘッドホンをしてひとり

福田若之「美術部室ニテ闇鍋ヲシタル之記」

 闇鍋から這い出してくるまだらのひも

 

「手紙」問合せ先:letter819@gmail.com