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杞陽忌の時雨れ時雨れて暮れゆけり  遠藤房子

 季題は「杞陽忌」。十一月八日である。「時雨」も季の言葉としては「重い」が、期日限定性の強い言葉の方が季題としてはより強い。さらにこの日は、およそ毎年「立冬」の日に重なる点も特徴的である。そんなことからも「時雨(冬の到来を表す、時の雨)」との縁が深いと言えよう。また実際、三十回忌まで継続されていた「杞陽忌」の当日に「時雨れる」ことも少なくなかった。

 「杞陽忌」の当日、その頃らしく日本海の沖から、円山川を遡ってやって来る「時雨雲」が、朝から何度も「雨」を零しては上がり、ふたたび降っては止むことを繰り返したのであろう。「時雨れ時雨れて」は漠然とした畳語表現ではなく、実際に「何度も何度も」の謂である。そして暮れ方となり、とうとう暗くなったというのである。

 杞陽に〈花鳥諷詠虚子門但馬派の夏行〉という名吟がある。決して大人数ではなかった「但馬派」の人々の、今に至ってもなお、先師の教えを奉じてけっして「ブレない」花鳥諷詠の真髄に触れるような句と言える。何日も前から「その日」を待っていた人々の、「その日」の過ぎて行くことを淋しく見送る「心」が滲む。

雑詠(2017年3月号)

杞陽忌の時雨れ時雨れて暮れゆけり   遠藤房子
朝霧の晴るる明るさ鳥横切り
これよりは散るばかりなる紅葉山
石蕗の黄や海見はるかす蜑の墓

トロッコの一駅ごとに冬近し      堀内敦子
東京の奧に富士置き冬の晴       町田 良
十三は晴西院は時雨るると       酒泉ひろし
白濁の爪立て黒部川澄めり       前田なな

くす玉の片割れづつの海月かな  前北かおる

 季題は「海月」。「水母」と書くこともある。日本近海では必ずしも夏に限って現れるわけでもないが、半透明のふわふわしたようすは「夏」にふさわしいイメージといえよう。湘南の海水浴などでは、土用浪が立って、暦の秋も始まる頃の方が「くらげ」は多く出没したように記憶する。

 さて一句の眼目は「くす玉の片割れ」。「くす玉」といっても季題の「薬玉」、「長命縷」とは違って、運動会などでの「くす玉」割りのそれ。球が真っ二つに割れる「あれ」である。「海月」にもさまざまの種類があるのであろうが、この句に詠まれた「海月」は運動会の「くす玉」割の、「半球」そのものという感じで潮に漂っているのである。「片割れづつ」というので一個ではない。おそらく二個、だとすると、二つをくっつければ「球」に戻るような空想をしながら眺めていることもわかる。何度も見て知っているはずの「海月」をあらためて凝視したからこそ、こんな風にも見えてきたのである。  (本井 英)

雑詠(2017年2月)

くす玉の片割れづつの海月かな      前北かおる
塗り台に陶の雛の映り込む
すぐしやがむつられてしやがむ犬ふぐり
古雛とろとろとろと太鼓かな

春一に攫はれ雨のよこつとび       藤永貴之
野分中おでこまともに吹かれくる     岩本桂子
秋日傘たたみ遊覧船に入る        近藤作子
大型トラックサルビアに左折して     杉原祐之

雨月かな畳敷きなる中廊下  児玉和子

 季題は「雨月」。仲秋の名月が、雨で見られないことである。曇りの場合は「無月」、「雨月」も「無月」のうちである。「中廊下」は縁に面していない廊下。両側が部屋になっていて外からの光は届かない。普通は板敷きであるが高級旅館や料亭などでは「中廊下」にも畳が敷いてあることがある。

 料亭に一席設けて「月見の宴」をすることになっていたのであろう。ところが生憎の「雨」。雨の中を延着した作者は仲居に導かれながら、仲間の待つ部屋に向かう。楽しみにしていた名月を望むべくもないという残念もありながら、一方「雨月」には「雨月」の風情があるものよとも思って廊下を進んでいるのである。

 一句の味わいどころは上五。「雨月かな」と打ち出すことによって、今宵一夜の心構えが表され、宴の席に到着したおりの第一声まで聞こえてくる。表面的には地味な句ながら、背景には華やいだ気分が揺曳している。  (本井 英)