芭蕉林 本井 英
蕗原を雨が鞣して青の色 城垣のたるむあたりの花菫 あたたかや網を繕ふ右手に杼 花の雨焼き場に向かふバスも着き 亀鳴くや夜舟のありしころのこと
コンビニが出来しころより亀鳴かぬ 春の蠅翅ほつそりとをりにけり 画眉鳥の囀いよいよ華語めくよ 雨風に古巣の腰の抜けはじめ ふりたてて短く勁く蜷の髯
つかの間を春潮に置き箱眼鏡 芭蕉林かな径出あひ水出あひ 芭蕉玉巻く肩ぽんと叩きたく 芭蕉林抜け黄菖蒲をはるかにす 雲雀落ちはじめて白つぽく見ゆる
落ちそめて雲雀大きくながれけり 村うらら五百余柱殉国碑 若蘆や手旗のやうに葉をかまへ 黄色から始まつてをり蛇苺 深川に行幸啓碑昭和の日
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課題句(2017年6月号)
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「十薬」 前北かおる 選 嘘を塗り重ねどくだみ踏み潰す 杉原祐之 十薬や教会裏の農具小屋 シーツ干す十薬だたみすれすれに 岩本桂子 望まるるままに十薬わけにけり 田島照子 十薬の莟まつたき白を得て 本井 英 十薬や今に伝へて首塚と 町田 良
野遊のリード伸ばせるだけ伸ばし 井上基
季題は「野遊」。「踏青」、「青き踏む」という季題もあるが、それらより時間的にも空間的にもやや広い感じがある。「リード」にはさまざまな意味があるが、ここでは犬を繋ぎ止める紐の謂い。近年の「ことば」である。まだ『広辞苑』には登録されていない模様だが、電気の「引き込み線」・「導線」から援用されたものであろう。さらに新聞記事などの「導入部分」の意味でも使われる。また英語でのスペリングも発音も異なるが、簧(した)の意味の「リード」も日本語の中では使われる。これはクラリネットなどの音源の振動を作るもの。「リード楽器」などともいう。
話は変わるが、最近ある句会で「ホーム」という言葉を使った句が出て、それを筆者は鉄道の「プラットホーム」ととって選句し、解説もした。ところが仲間の一人が「老人ホーム」の意味でも解釈できるのでは、と異議を唱えられた。その句に関しては、確かにそういう解釈も成り立つ。なるほどと思うと同時に、「ことば」の面白さを思った。
もちろん前後の言葉の関係から、ほとんどの場合正しく伝わるのであるが、中には微妙なケースもあるものである。
俳句に使う「ことば」に関して、特別に「規則」があるわけではない。その時代、その時代に「無理なく伝わる」言葉として扱えばよいのであろう。
さて「リード」の句。近年は愛犬家のために、短くすれば一メートルくらいでも、伸ばせば最大十メートルほどにもなるものが売られているようである。上天気の「野遊」。作者の気持ちも晴れ晴れ、そんな主人の意向を察して犬も上機嫌なのである。「伸ばせるだけ伸ばした」「リード」の先の犬の勢いまで見えてくる。(本井 英)
雑詠(2017年6月)
野遊のリード伸ばせるだけ伸ばし 井上 基 梅林の地図あまりにもおほざつぱ 白梅の丘海峡の自衛艦 ガラガラと春一番の波頭 スクラッププレス工場の雪の果 今井舞々 竹きゆうと鳴りて北風そこにあり 稲垣秀俊 なつかしきこもれ日坂の茂かな 飯島ミチ 白梅の吹き流されてゆく水路 小沢藪柑子
主宰近詠(2017年6月号)
沼いくつ 本井 英
くまぐまに雪ありながら春子かな 春水がレンズのやうに湧くところ 海の幸盛りたる笊も雛調度 犬筥の犬の器量に佳きわろき 雛調度なれば具足も可愛ゆらし
キスチョコのやうな蕾を木苺は 帰る鳥の眼下を過ぐる沼いくつ ところどころぬかるんでゐる苗木市 七味屋の屋台も出たる苗木市 はくれんの弛むたちどころに解る
仏の座かたまり咲けばその色に はこべらに掌かぶせやはらかし 一木を剪定したる枝の山 大寺の沙弥ののどかの受け応へ 卒業の日の「おはよう」を交はし合ひ
西行忌老ゆればさらに心なき 猫車通す小板渡して水温む 蕗の花長けたりうすら汚れたり 置き去りの鍬にさらさら春の雨 雨を来る人々に焚く春煖炉