沼いくつ 本井 英
くまぐまに雪ありながら春子かな 春水がレンズのやうに湧くところ 海の幸盛りたる笊も雛調度 犬筥の犬の器量に佳きわろき 雛調度なれば具足も可愛ゆらし
キスチョコのやうな蕾を木苺は 帰る鳥の眼下を過ぐる沼いくつ ところどころぬかるんでゐる苗木市 七味屋の屋台も出たる苗木市 はくれんの弛むたちどころに解る
仏の座かたまり咲けばその色に はこべらに掌かぶせやはらかし 一木を剪定したる枝の山 大寺の沙弥ののどかの受け応へ 卒業の日の「おはよう」を交はし合ひ
西行忌老ゆればさらに心なき 猫車通す小板渡して水温む 蕗の花長けたりうすら汚れたり 置き去りの鍬にさらさら春の雨 雨を来る人々に焚く春煖炉