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主宰近詠(2020年2月号)

これも枯れ    本井 英

ディズニーの見えてはるかや鯊の潮

知らぬ誰彼からも祝はれ七五三

隠居所も更地となりて梅擬

帰り道もう真つ暗や薬掘

大根を洗ふそばから一輪車



船宿の冬日だまりに猫ちぐら

松乃湯のけむり小春の空を攀づ

ビル影が伸びはじめたり浮寝鳥

柴漬に近づく小舟犬載せて

船外機止め柴漬に近づける



柴漬や艫にラジオの鳴れるまま

零すてふほどもなき初時雨かな

闘病の一時帰宅の冬紅葉

冬浪の甘咬みなすは和賀江島

冬浪のくだけ霧らひて虹を負ふ



掃き寄すれば煙ためらふ落葉焚

番鴨うなづく仕草くりかへし

流れつつ喫水浅く浮寝鳥

東京の時雨と呼ぶはこの暗さ

あれやこれ枯れ行李柳(コリヤナギ)これも枯れ

課題句(2020年1月号)

課題句「雪女郎」      松島盛夫 選

雪女郎われを追ひ抜きゆきにけり	藤永貴之
咳ひとつこぼして去りぬ雪女郎

分支れの観音拝む雪女		前田なな
大江山栖としたる雪女		岩本桂子
雪女なりふたのもの緋なりけり		本井 英
窓繰れば立木いづれも雪女郎		菊竹誠二

生きて別れ死して別れて葉月なる  児玉和子

 季題は「葉月」。陰暦八月の異称である。近年の異常な温暖化が惹起するまでは秋の気配がしんみりと浸透する頃おいであった。一句の解釈のポイントは勿論「生きて別れ・死して別れ」。これを一般的な「さまざまの別れ」と解釈しては、やや浅薄な感じすらする。色々な「人」と「生き別れ」、「死に別れ」してととってはつまらないのだ。そこで、たとえば「ある一人の人物と」と設定するとどうなるだろう。ある時代に心を通わせて、肝胆相照らすというような心の交流のあった人物。ところが何かの事情で遠く離れて住まうようになった。それまでのように、ことある度に共に喜び、共に悲しむといったことは叶わなくなった。ところがその後、また長い時が流れて、こたびはその人の訃報がもたらされた。今度はこの世に残された作者と、その人物はまさに「幽明境を異にすることとなった」のである。さてそうなってみると、「生きて別れ」た時には味わうことのなかった、「とことんの別離」を全身で感じることとなった。そんな作者の身を「葉月」の「しん」とした空気が包んでいる。「生きていることと、死ぬること」を否でも応でも思い知らせる一句となった。(本井 英)

雑詠(2020年1月号)

生きて別れ死して別れて葉月なる		児玉和子
駒草の茎の細さの揺れどほし
駒草の濃きも淡きも一ト株に
やんま翔びゆく岩菖蒲すれすれに
お参りの車が触れて萩の花

寒鯉の井桁崩しに重なりて			山口照男
芋虫の縮みて太き箸の先			辻 梓渕
ミュージアムショップにもハロウィンの飾り	冨田いづみ
餅花や萌したる芽もありながら			藤永貴之

課題句(2019年12月号)

課題句「炬燵」       石本美穂 選

炬燵板置いて炬燵のできあがる		田中金太郎
亡き母の炬燵出す日をきめしかな

炬燵楽しポットも本も身ほとりに	児玉和子
今日はまた電話の多き炬燵かな		前北かおる
母在(マ)して炬燵賑やかなりし頃	町田良
炬燵して母の寛ぐこと少な		伊藤八千代