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主宰近詠(2022年3月号)

 侘しかりけん  本井英

不機嫌が許されし世や漱石忌

駒場なる一二郎池漱石忌

霜解の靴跡のまま乾きたり

見廻して冬芽にぎやか庭狭み

老いてなほ期することあり冬芽仰ぐ



みやと啼きみやと応へて都鳥

紅灯になづみて今宵薬喰

到来の猪肉放つ血の香かな

クレーンで降ろす作業車川涸るる

寒かりけん侘しかりけん国分尼寺



寒禽はあらはの枝を杼のごとく

同乗の救急車より年の瀬を

年の瀬のあれやこれ逃げたきことも 
    
聖夜劇のマリアの少女利発さう

煤逃や合切袋ひとつ提げ



煤逃の白髪を笑ひ合ひにけり

凍瀧へ昼のチャイムの村を抜け

一瀑の凍てなんとある総身かな

瀧水や氷の裏を綴り落ち

待ちまうけをりしが如く笹鳴くよ

2月20日(日)に予定しておりました夏潮新年会は中止いたします。

出席を予定されていた皆様、まことに申し訳ありません。

御投句いただいた俳句につきましては、後日、清記用紙、選句用紙をお届けします。

また、参加費の精算方法につきましても、別途ご連絡申し上げます。

課題句(2022年2月号)

課題句「旧正月」      櫻井耕一 選

大草鞋下げ旧正の仁王門		伊藤八千代
旧正の相模に青き海と空
旧正月しばし無沙汰のお雑煮を		塩津孝子
旧正の都会の底に暮らしをり		児玉和子
ランチしながら旧正と妻に言ふ		本井 英
旧正や濃茶を回す閑けさに		羽重田民江

敗荷の鉢の並びぬ坂の道   藤田千秋

 季題は「敗荷」。秋も深くなって、葉の破れた蓮である。蓮は、たとえば不忍池などでもそうだが、春、水面に浮葉を浮かべ、夏、花を咲かせ、秋には実を飛ばし、四季折々に人々の目を楽しませるが、この「敗荷」の頃から、ようよう注目されなくなっていく。しかし俳人はこの「敗荷」から、「枯蓮」の時期が大好き。どことなく漂う「あはれ」がたまらないのである。聞いた話だが「蓮」は存外水中酸素を欲しがらない植物の由。従って広々とした水面でなくても、それこそ「鉢」でも充分栽培できるらしい。そう言えば「蓮」はお釈迦様と縁が深いからか、町場のお寺の境内などにところ狹しと「蓮の鉢」の並んでいる景色を見かける。そしてこの句もそんな景色を想像せしめる。一句の面白いところは「坂の道」。勿論作者に言わせれば「事実であった」に尽きるのであろうが、読者としてはその「坂の道」が楽しくて仕方がないのだ。山門を過ぎて庫裏へでも向かう「坂道」、その両脇に、所狭しと並べられた「鉢」。水が残っていても、泥だけになっていても、鉢の「縁」の角度と水面の角度は、どの鉢についても「ややズレている」。そんな些細なことではあるのだが、「一つの景色」として表現されると、「浮き葉」が浮かんでいた季節、花托が伸び上がって見事な「花」を着けた頃。どの季節にも水面の角度と、「縁」の角度に微妙な「食い違い」が想像されて楽しいのである。(本井 英)