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楽隊のラッパより春溢れ出す   釜田眞吾

 季題は「春」。抽象的な「春」という季題が「ラッパ」から「溢れ」出るという感じ方が、やや感覚的ながら、どこかに実感がある。一句の工夫は「ラッパ」。あえて金管楽器を、大雑把に言いなしたために、トランペットやホルン、さらにはチューバ、スーザホンに至るまでさまざまの形を読者は頭の中で想像する。「楽隊」というのであるから何人かの隊員がいて、あるいは行進をしている最中かもしれない。ともかく筆者の頭に浮かんだのは、いろいろある「ラッパ」の音の「出口?」の形状であった。「管」が、同じような太さで、ぐるぐる巻いていたものが、最後に「ふわっと」膨らみ、拡がって、「音」が溢れ出てくる。この「溢れ出る」様子が、まさに「春」を迎えた喜びの心に通じると作者は直感したのである。難しい言い回しはどこにも無いが、作者の、あるいは読者も含めて、生きているものが等しく感じる「喜び」を歌いあげてくれた句だと思った。(本井 英)

主宰近詠(2023年8月号)

五月晴   本井 英

半夏生まぶしき白を掲げたる

半夏生の白にくもりの見えそめし

十薬の葉の錆色を好もしと

虎ヶ雨降り込む闇の底知れず

広重の画をた走るも虎ヶ雨

一庵の聾しひるまで虎ヶ雨

虎ヶ雨泣いて疲れて寝落ちたり

泣き伝へ語り伝へて虎ヶ雨

虎御前の顔 白き五月闇

この声が電気喉頭梅雨寒し


海の町にせまる裏山五月晴

海の町に小さき魚屋五月晴

にじみ浮く白雲のあり五月晴

山の湖の権現様の茅の輪かな

夏蝶の黒のはばたき浮かむとす

腹に当たり肋を撫でて風涼し

朝日いま河骨の黄をさぐり射し

のうぜんに退潮といふ花のかず

白波を敷きかさねたる涼しさよ

海の家へと月曜の朝の風

踏青や矢倉岳金時山晴れ渡り 児玉和子

 季題は「踏青」。傍題には「青きを踏む」「あをきふむ」などがあるが、「踏青」と漢語風に表現するとやや硬い感じと共に、古代以来の年中行事としての「野遊び」の気分も漂う。「矢倉岳金時山」を「やぐら・きんとき」と読ませるのは短詩型としては無理のない省略で、実際、山に親しんでいる人々の間では、そのように呼ばれているのであろう。丁度相模の国の中ほどから眺めると駿河の国との国境稜線の方角に、まことに特徴的な山容をもって突出している二峰で一度教わったら忘れられない。いよいよ春になったという喜びと、これからの季節を山野に親しもうとの作者の楽しい心の裡も思われる。(本井 英)

雑詠(2023年7月号)

踏青や矢倉岳(ヤグラ)金時山(キントキ)晴れ渡り	児玉和子
国分寺跡の青きを踏みにける
勢揃ひして葉牡丹の茎立てる
ふらここを漕げばきゆるきゆる鎖鳴る

不揃ひの石段険し立浪草	前田なな
家毎に若木を育て梅の里	北村武子
埼玉の群馬に近き暑さかな	前北かおる
講堂の天井高し卒業式	矢沢六平